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「しかし今回の仕事は……」

「でもこのままじゃ、今月も赤字なんでしょう?」

「うっ」

「引き受けてもらえますね?」





外伝 黒碧(こくへき)の森
〜written by LW00〜





 蒼竜公南部の草原を駆けるスクーターと機兵。シャドウハンターの南崎と蒼月衆遊撃隊員の加藤である。
「だってなあ。……あそこはやなトコだぜ」
 彼等が向かおうとしていたのは流尊の南、とある村と森である。
「あの霧オバケ以来のお仕事だぜ?」
「さすがの南崎さんも、あれはこたえたみたいですね」
 加藤の揶揄に苦笑いする南崎。
「一週間、自宅でぐったりだったぜ」
 両手離しで、肩をすくめる。通信用のカメラとモニターに向かってのパフォーマンスだが、傍目には、無表情の鉄の巨人に語りかけているようにも見える。
「私も山のような報告書を書いて、くたくたですよ」
「まあ異常な例だったしな。気を取りなおして再確認するぞ。事前の準備は慎重に越したことはないからな」
「はい。今回の場所は流尊南の碧黒(こくへき)の森です。一週間ほど前、付近の村が壊滅しました。派遣された調査隊も、音信不通となっています。その調査を引き継ぐのが我々の仕事です」
「やっぱ影か?」
「そう考えるのが妥当でしょう。最近、狂暴化の一途ですからね」
「碧黒の森といったら、お宝が隠されてるっちゅーいわくつきのトコだろ」
「ええ。あのあたりは地脈の都合、上空の飛行ができないので、公式な地図の無い領域なんです」
「ホント、いわくつきだな。一攫千金求めて死んでった人間も数知れねぇ。きっと、この前と同じくらいしんどいと思うんだが」
「ここは長く禁忌の地とされてますしね」
 小さな抗議の声も、虚しく宙に四散する。ふと南崎の心に疑問が浮かんだ。
「なあ。今までは何も無かったんだろ。なぜ今なんだ?」
「そこです。影の存在はだいぶ前から確認されていますが、人里近くには出てきませんでした」
 しゃべるうちに二人は村で『あった』場所にたどり着く。
「ひどいな」
「想像以上ですね」
 家は無残に壊され、動くものは何も無い。火災の後だろう、あちこち焦げている。先の調査隊が作ったものだろう、簡素な墓が立てられている。ここに本当に村があったのだろうか? 吹きぬける風が、静寂の中で、木片をカタカタと鳴らす。
「……来るぞ」
 なんの前触れも無く、廃虚の裏から影が飛び出した。犬のようなやつ。巨大化して自立歩行する植物。それにやや大きい人型。機兵の肩くらいある。
「犬型三体、植物型二体、人型二体」
 虫歯を数える歯医者のような加藤の声と同時に、犬型が飛びかかる。
「速い奴は、俺が引き受けた」
 スクーターで犬の鼻先をかすめて挑発し、三体を引き付ける。
「了解」
 蒼い機兵がライフル構え撃つ。植物の根らしきものが地面からせり出し、盾となった。
「じゃ、これを使いますか」
 ライフルを撃ちつつジグザグに植物に近づく。水陸両用のホバーエンジンを使っているため、機動性は南崎のバイクに劣らない。ある距離になると植物は根から、硬い弾丸のような種を飛ばしてきた。
「食らいなさい」
 ライフルの先が割れて火炎の帯がほとばしる。弾をはじくエネルギーを転用した火焔放射器だ。根を焼きさらには本体を焼き払う。さすが植物系は良く燃えるらしく、隣にいた同系の影が、延焼で燃えだした。隙を見て、脇から人型がいっきに突っ込んでくる。
「ならば」
 ライフルを捨て、突撃をかわし、サーベルで斬り捨てる。全方位にカメラがあるのだ。機兵に死角は無い。








「なかなか速い」
 アクセル全開で飛ばしているのに、犬三体は執拗に食い下がる。
「どれ、試させてもらうか」
 スクーターの先が小さな玉を二・三個吐き出し、地面に落とす。
「そらよ!」
 転がり出た玉は、弾みながら後方へ消えていき、影が真上に来た時爆発した。影は三体ともかき消える。








「加藤よう。けっこう使えるぞ、これ」
「民間人向けの護身用手榴弾。安全性と効果のバランスが難しいんですよ。だからまだ試作段階なんです」
「威力はなかなかだぜ」
 珍しく南崎がほめる。どのくらい珍しいかと言うと、南崎の机の上から、請求書の山が無くなるくらいだ。
「南崎さんのお墨付きなら大丈夫でしょう」
「ああ、任しとけ」
 何を任せろと言うのか?
「ところで、『長』は…?」
 至極当然の質問。
「影はみな同じくらいの規模でした。あの中に『長』はいないでしょう」
「だろうな。もしかすると森の中かも知れんな」
「だとしたら、かなりの大きさですよ」
「そういうこった」
















二人は森の入り口に立った。鬱蒼と繁る深い緑の海。その奥底は、昼でもなお計り知れない闇を抱いている。
「ここから入ったことまでは確認済みです。それが最後の交信でしたから」
「そうか。ところでお前はどうする? 機兵じゃ入れないだろ?」
「そう思って、ちゃんと持ってきましたよ」
 そういうと蒼い機兵は胸のハッチを開け、プレハブハウスぐらいの箱を落とした。続いて加藤も降りてくる。
「なんだそりゃ?」
 南崎の質問は、空に四散した。加藤は黙々と作業を進める。箱の表面にあるカバーを剥がし、なにやらスイッチを押した。




ドン




 音とともに見るからに怪しげなものが出てきた。まず、動きが怪しい。次に形が怪しい。しかし何と言っても、そのつぶらな瞳が一番怪しかった。人が一人入れるくらいのカプセルに、クモのような長い足が四本ついているロボット。瞳(センサーアイ)は、カプセルのど真ん中に、純真な輝きを湛えていた。
「なんだなあ。アメンボみたいだな? おい。なんて名前だ?」
 加藤はうつむく。
「聞きたいんですか?」
 心底言いたく無さそうなので、南崎は余計に聞きたくなった。
「おう」
 少しの沈黙の後、加藤はやっと聞き取れる小声で言った。
「あめんぼ君三号改です…」
 果てしなく恥ずかしそうである。
「……」
 言葉のでない南崎。
「名付け親は?」
「うちのお偉い科学者です。名前は……勘弁して下さい。でもこの機械は地形を選ばないし、ご覧の通り携帯性にも優れているんですよ」
 やや必死の加藤。そんな加藤を慈しむような視線で見守るあめんぼ君三号改。
「そうか……」
 加藤の心情を察し、南崎は追及を止めがた。
「どうせならV3(ヴイスリー)の方が良かったのにな」
 ぽつり、とこぼした南崎の独り言を、加藤の鋭い聴覚は不幸にも聞き取ってしまった。二人の間で、枯葉が風に舞った。いつまでたっても命令が無いためだろうか
、あめんぼ君3号改は首をかしげるように、本体のカプセル部分を傾けていた。
「しかし、この機兵はどうする? 置きっ放しってわけにもいかねえだろう」
 謎の沈黙を破るため、南崎が話題の転換を図った。
「それはご安心を。自動操縦でいったんどこかの基地に戻しておきます。終わったらまた呼びますよ」
 気づかれぬよう、細心の注意を払って平静を装う。あめんぼ君三号改の瞳が、ぎこちない加藤を見つめて瞬きをした。瞬き? いや、気のせいだろう。

 一人と一機は鬱蒼とした森に入る。南崎は徒歩である。スクーターは置いてきた。
「いいんですか?」
「しゃーねーだろう。それに俺は金持ちじゃねえ。そんな高性能のなんかに乗ってねえよ」
















 入って十五分もしたろうか。風がざわめいた。
「また来ます!」
 森が牙をむくかのように、奥から影の一団が姿をあらわす。
「どれどれ。ヘビの体に人の顔をしたのが二体。目玉に羽が生えたのが三体。さっきの植物が二体。熊の体に豹の顔が二体。それに……」
 ある影を見た時、南崎の声が一瞬止まる。
「おい。あれって例の『山彦坊(やまびこぼう)』じゃねえか?」
「そう……ですね。ほぼ同じでしょう。それも二体か」
「マジかよ……普通は『長』クラスだぜ」
 南崎の呟きを無視して、山彦坊以外が襲ってくる。
「あめんぼ君の力、お見せしますよ」
 カプセルの先端から弾が嵐の如くに撃ち出される。目玉一、植物一、ヘビ人面一が瞬時に塵と消える。
「なるほど、性能は良いようだ」
『は』の部分に妙なアクセントがある。熊豹が突っ込む。南崎はぎりぎりのところでかわした。
「くのっ」
 手のひらで空気を圧縮して弾にして放つ。熊豹と思いがけずその先の目玉を撃ち抜く。
「今日はついてるな、こりゃ」
 南崎が踏み込む。絶妙の間合いですれ違い、目玉、植物、熊豹次々と真空の刃で覆った手刀で斬り払った。流石はベテランハンターと言うべきか、正確で迅速。非の打ち様が無い。
「すごいな」
 自分も、飛びかかってきたヘビ人面をあめんぼ君で撃ち落としながら、加藤が思わず感嘆の声を上げた。長い付き合いだが、エリート軍人である彼が、フリーのハンターである南崎と実戦を共にしたことは、数えるほどしかない。南崎の本気を見たのは、前回が始めてだった。
「感心するのは後だ、来やがるぜ」








 残った山彦坊二体が、あくびをするように大口を開けて、ゆっくり歩み寄る。このタイプの『影』を初めて発見したのは、今話題の朱雀のプリンセス(とその付き人)である。公式、非公式を通じ、その詳細は全国に知れ渡っている。
「攻撃は俺が封じる。とどめを頼む」
 南崎の手がうっすらと光った。 山彦坊、口からの音波系攻撃を持つ。特筆すべきは、衝撃波と高音波の使い分けがなされる点である。つまり、黙らせればただのデカイ猿と言うわけだ。
「了解しました」
 南崎は一気に山彦坊の前に出る。二体が口の奥で空気を振動させる。
「させるかよ!」
 両手の空気弾を口に放つ。
「……………………」
 山彦坊はすさまじい形相で吠えている。しかし何も聞こえない。空気弾は口の中にで見えないふたとなり、音がの伝達を阻止しているのだ。
「今だ!」
 ふたの維持で手いっぱいの南崎が叫ぶと、あめんぼ君の足がたたまれ、カプセル状のコックピットが弾丸の如く変形、突っ込む。特攻である。
「そらああっ!」
 普段の落ち着いた性格とは似つかわしくない声と共に、加藤は二体を貫き、地面に着陸する。(突き刺さったとも言う) 二体の影は半身を失ってはいたが、まだ動く。加藤の方を向き、丸太のような腕を振り下ろそうとする。
「しつこいっ」
 カプセルの後ろからミサイル(ミニミニあめんぼ君とも言う)が無数に(うじゃうじゃとも言う)放たれる。狙いたがわず、山彦坊の頭部で炸裂した。
「……………………」
 最後の叫びも鳴く、二体は崩れ去った。








「大したもんだ」
 にやにやして聞く南崎。
「問題はネーミングセンスだよな」
「それは言わないでください……」
















 二人は更に奥へ進む。
「あれは?」
 加藤が木の向こうのキャンプらしいところを見つけた。
「気をつけろよ」
 『マーカー』(微弱ながら独特の気を出す小型の器械で、空間自体に微弱な『力』を刻む。ただし、気を感知する人、あるいは装置が必要となる)を置きながら、南崎は注意を促す。
「何かやばいことがあったから、音信不通になったんだからな」
「はい」
 警戒しつつ、二人はキャンプのある少し開けた地に入る。








「これは……」
「これまた、すさまじいな」
 あたりに思わず鼻を覆いたくなるような死臭が漂う。四人の調査員はみな息絶えていた。全身を数十ヶ所にわたり何か鋭利なもので貫かれている。醜く歪んだ形相が、彼らの尋常ならぬ最期を物語っていた。
「察するに、かなり上級のお役人だな。服で分かる」
「はい。ここはかなり『やばい』ですから」
「しかし、この形相はどうしたもんかな? なんかされてのたうち回った挙句、とどめで貫かれたってとこか。なにか感知できるか?」
 自分の出番とばかりに、目を輝かせるあめんぼ君、っていや、気のせいだきっと。
「ほんのわずかですが、珍しいエアロゾルがありますね」
「エアロゾルねぇ。呼吸器系に影響があったりしないか?」
 狭いあめんぼ君コックピットでも、鮮やかな指さばきを見せる加藤。
「物理成分、精神成分とも、この量なら問題ないでしょう」
「この量なら?」
 加藤は、喉から出かかった応答を慌てて引っ込めた。理由は、言うまでもない。
「地下から、正体不明の巨大物体が浮上してきます!」
 木々が震える。
 生命が枯れる。
 絶望の叫びが木霊する。
 怨嗟の唸りを上げ、『それ』は着実に近づいてきた。
「真下か!」
 一人と一体が飛びのいた瞬間、それまでいた所に、突き刺さらんばかりの勢いで、木が生えてきた。否、地中の根が槍のように飛び出してきたのである。
「第二波、来ます!」
 慌てて飛び退く。正確に二人を狙っている。
「黒幕のお出ましか」
 大地が津波のように弾み、歪み、震えた。二人の前に、奴は現れた。天まで届くような巨大な柱。太陽を遮り、大地に暗黒をもたらすその威容に、二人は圧倒されていた。
「木……ですか?」
 目の前にそびえるは大地に漆黒の闇を写す巨木。高さにして数十メートル。青がかった緑、『碧』と呼べば良いだろうか。その色は、成熟した木のそれとは程遠い、幼い苗木のような緑色だった。微かに呼吸のような運動を繰り返す様は、幾分動物的にすら見える。天高くそびえる幹から無数の枝がはり出しているが、葉はない。中ほどの高さに、八つの球状の物体が、幹の周りを旋回している。
「御神木てか」
「は?」
「この森には御神木があったはずだが?」
「え……ええ。その昔、この森の奥で発見されたと言う、山よりも巨大な木。守護神として、森の平穏を守っていた、とされています。推測の域を出ない話ですが」
「宝を求め死んでいった奴は、聖なる御神木に助けを求めたんだろう。ここらへんの物理的信仰対象は『木』だもんな。その思いが結集した。未だに救いを求め続け、仲間である人間を見ると寄りつくんだ。恐れて逃げ出す人間に追いすがり、抱きつき逃がさない。あのビットっぽいのはさしずめ『しめ縄』か? 『しめ』の意味が違いそうだが」
 何かを感じ取ったのか、ビットが旋回速度を速めた。
「こいつが、ですよね」
 敵を見据えたまま加藤が囁く。
「ああ。影の長だ。とびっきり『上玉』の、な」
 その声が、戦いの開始を告げる鐘となった。








 梢の方から、もくもくと黄色いガスが吹き出た。
「これがさっきのエアロゾルの正体か!」
 危険を悟って風で打ち払う南崎。
「さしずめ花粉ですか?…しかしすごい毒素だ」
「これで苦しめて根っこで貫くのか」
 大きさに見合った物凄い量の花粉を吐き出しつづける。スギ花粉にも真っ青である。
「花粉は全力で吹き飛ばすっ、おまえがかましたれ!」
「分かりました」
 またあめんぼ君の足がたたまれ、弾丸となる加藤。急を要するため、解析の時間は無い。大木の真中に狙いを定める。
 発射。




 ガキン




「くっ!」
 壁のように出てきた根が盾となった。あめんぼ君は、根の壁に突き刺さって止まってしまった。次の瞬間、ビットが輝いた。
「加藤、離れろ!」
 逆噴射で壁から脱出する。ビットからビームが放たれた。見ているだけで酔いそうな動きでかわすあめんぼ君。執拗に根が襲う。
「やばい!」
 メインカメラ上で、赤い文字が踊る。一本の根が、回避不能コースで迫ったのだ。
「させねえぜ!」
 脇から放たれた真空波が根を切り裂いた。怒りを覚えたのか、今度は南崎を根とビームの波状攻撃が襲う。
「南崎さん! エアロゾルの濃度、急上昇しています!」
「避けるので手一杯なんだよ! あとどれくらいだ?」
「一、二分ですっ、それまでに決めないと……」
 舌打ちする南崎。
「援護しろ!」
 南崎がなけなしの空気を一杯に吸い込んで、跳びこむ。
「燃えなさい!」
 援護といっても、最大出力の火炎放射で地上の根を食い止めるのがやっとだ。
「並みの影ならば、これで一発なのに」
 自分の無力さが悔しい。苦笑も出ようというものだ。








「やべぇ。だいぶきてるぜ」
 周りが、徐々に黄色からオレンジになっていく。
「くそっ。核はどれだ?」
 根は加藤が封じている。攻撃はビットのみだ。数が多いが決して速くは無い。風は、どこへでも入り込む『象』、南崎はミラーボールの乱反射する光のようなビームの嵐をかいくぐり、懐に辿り着く。
「切り裂けっ、風っ!」
 南崎の両手から、特大の真空の刃が放たれた。




 ザシュッ




 真っ二つである。ゆっくりと巨大な影が二つに割れて倒れていく。ビットは中空の位置で停止旋回をした。
「やった」
 安堵の加藤。
「ここじゃねぇのかっ」
 幹を失ったはずのビットが再び回り出す。崩れ落ちた巨木の断面から、無数の新芽が生え、無数のツタとなり南崎を襲う。地面に風を叩きつけて飛びあがりかわす。飛行は苦手だし、無駄に体力を消耗するからだ。
「くそっ、一旦下がるか」
 風に舞う木の葉のように、襲い来るツタをかわして南崎が後退している間に、無数の若木が絡み合い、碧色の巨木は数百数千の緑の触手によって再構成された。








「南崎さん! あと一分です!」
 脇に降り立った南崎に加藤が叫ぶ。
「分かってらい。ええいっ、どこなんだ核は」
 思わず天を仰ぐ。自分達がこんなに苦労しているのに、雲一つ無い晴天。日の光がまぶしい。
「まさか!」
「どうしたんです?」
「分かったぜ、核の位置」
 体勢を立て直した影からツタが鞭のように放たれる。根が槍のように襲い来る。花粉は休むことなく吐き出されつづける。
「加藤っ、ビットだ! フルパワーで行く。ついて来い!」
 一人と一機は、地を力強く蹴り、根やツタを無視し本体へ向かう。核の位置が悟られたのを知ってか、近づくほどにツタや根が猛然と飛び出して来る。。
「サポートにまわります!」
 多足型の器械であるあめんぼ君の速度では限界がある。加藤は地上からツタを焼き払い、根を 『根こそぎ』 切り払う。。
「いいぞ」
 盾が無くなり露出したビットから放たれる光線。至近距離でかわしようも無いが、かまっている余裕も、また無い。
「食らいやがれ!」
 真空の刃が四つのビットを切り裂く。しかしてごたえが感じられない。めまいがする。その隙に伸びたツタの鞭を避け損なった。地面に叩きつけられる南崎。
「くっ……、時間です」
 あめんぼ君の中には浄化装置がある。それも気休めに過ぎない。加藤の苦しそうな顔に、あぶら汗が光る。
「ぐほっ」
 濃橙になりつつある猛毒の空気をもろに吸い込んでしまった南崎。全身が燃えるように熱い。筋肉が内部から崩壊し、血膿となる激痛。視界がかすみ、手が震え、息をすることもままならない。それでも、最期の気力を振り絞り、南崎は立ち上がった。
「何を……するんですか?」
 答えはない。自分の周囲を真空にして身を守る、と同時に呼吸も出来ないのだ。残り四つのビットは、鬱蒼としたツタの中に守られている。余裕も、猶予も、有るはずが無い。一点突破。それしか考えられない。
「くそっ!」
 南崎に当たらないと考えたか、地下からの根は全てあめんぼ君を狙う。自動操縦の怪しげな動きで回避するも、攻撃に転じる隙が無い。
 南崎は最後の力を振り絞り駆け出した。当然、ツタが襲って来る。余力がどうのと言っている場合ではない。全力で切り払う。




「このウドの大木がぁっ!」




 幹の根本から、幹とツタの間を垂直方向に跳躍する。自分を傷つけることが躊躇われるのだろう、狙い通りツタの攻撃が薄くなった。
 風と南崎の強靭な足が、仰向けの南崎を十数メートルの高みへと再び誘う。跳躍の頂点に達した時に、目の前には残った四つのビットがあった。




「滅多に使わない技を食らえ!」




 両手、『両足』、で風が渦巻く轟音が起こる。四つの特大空気弾が出来あがった。言葉とも奇声ともつかない南崎の気合で、特大空気弾が撃ち出される。正確に、四つのビットを貫いた。
 降り立つ南崎。影は核を失って崩壊し、ゆっくりと大地へ帰っていった。
















「大丈夫ですか?」
 あめんぼ君が南崎のところへ寄り添う。
「何であそこだと分かったんです?」
「あのビットは常に太陽の方向へと傾いていたのさ。ま、木だからな」
 影が消えると、毒花粉の効力も切れた。残ったのは無数の傷と、びっしょりの汗。
「なるほど」
「しかし、最近の仕事はなんか全部きついな。少し寝るわ。後、よろしく」
「了解です」

 二時間後、南崎と加藤は森の反対側にでていた。機兵を呼び寄せ、あめんぼ君をたたんで収納。ぐったりと丸太のように眠る南崎を手に乗せて基地へと戻った。








 南崎の寝言である。
「やっぱり森は嫌だ。もう二度と来ねえ」
 過去、森にトラウマでもあったか?








 もっとも、スクーターを忘れたのに気がつき、いくら高価ではないと言っても、捨てて置くわけにもいかず、すぐに急いで戻って来ることになるのだが……。
















 第28次 影の長の生態報告書




 影名:碧樹
 形態:大木型。八つのビットを伴う。
 付随する影:動植物型。朱雀領に出現するのとほぼ同じ。
 行動パターン:迷い込んだ人間の負の心を吸収、勢力拡大して森の外に出る。
 攻撃方法:根、ツタによる物理攻撃、八つのビットからの光線、有毒花粉
 殲滅方法:核であるビットを全て壊す




 備考
 今回の影の長の特徴としては、従来の影の長クラスを普通に従えていることである。山彦坊が二体確認された。影の強大化が伺える。
 四人の上級能力者である調査員が全滅。今後の調査体制の、強化を含めた大幅な見直しを提言する次第である。。
 今回も朧霞と同様の方法を取り、殲滅した。




 第2999蒼竜節 9/20
       蒼月衆特級遊撃隊員  加藤 典昭  




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