written by 凧耶
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久遠の暦は、昔日本でも使われていた太陰暦に近い。
十二の月と、天文の卜部が告げる閏月。
年号は、竜帝の即位をもって改変される。
『竜暦』と言う。
もっとも、それ以外にも年の呼び名がある。
『年』の代わりに『節』を使い、その年の守護聖獣の名を冠する。
『四神暦』と呼ばれ、私的な文章などで、よく使われる。
公的な文章では、必ず『竜暦』を使わなくてはならない。
第566代竜帝 ジエイ=ロス。
彼の年号は、『慈竜』。
彼が亡くなったのは、竜暦で慈竜五年、四神暦で第2999蒼竜節。
九十歳であった。
光建の荒野を遥かに望めば、紅葉であった。
最後の闘いで起こった、『力』の爆発の影響で枯れ木も多かったが、生命は季節を繰り返していた。
赤、黄、橙、所々に緑、それらが混ざり合う。
今なお、山々は、見事な水彩画であった。
彼の死後、起こった出来事は、とても語り尽くせぬほど、膨大で、複雑で、なにより、不可解である。
そのなかでも、多くの歴史家を熱中させたのは『竜虎大乱』と呼ばれる戦争であった。
一万年を超える平和、竜帝体制の崩壊。
そこにいたる経緯を、まず簡単に年表で見ていただきたい。
慈竜五年
十月十五日
第566代竜帝 ジエイ=ロス 死去
十月十七日
星雨真羅(第583代蒼竜公) 書面により次期竜帝に指名された旨を発表
十月十八日
ミトラ=ロス(第594代白虎公) 異議申立て 四神院却下
十月二十日
星雨真羅 第567代竜帝に着位 (新年号 真竜)
同日 新谷清明 第584代蒼竜公に着位
真竜元年
十月二十一日
ミトラ 着位の無効を申立て 四神院却下
十月二十三日
ミトラ 白領の独立支配を宣言
十月二十六日
ミトラ 天領・朱領・玄領との流通を遮断
十月三十日
北条凰斉(第572代朱雀公) ミトラとの会見に向かう途上で行方不明
十一月一日
北条麗子 第573代朱雀公に仮着位
同日 白虎公との同盟を発表
十一月三日
白虎朱雀同盟 調印により正式に成立
朱領 蒼領・天領との流通を遮断
十一月五日
アインス=ウォルフ(第561代玄武公) 事態に対して中立を表明
十一月六日
伝説の国ガイロニア 出現
同日 白虎公を久遠の正式な統治者と認める声明
十一月十七日
ミトラ 竜帝星雨真羅の退位を求め決起 宣戦布告
十一月二十日
開戦
※ 蒼領=蒼竜公領 朱領=朱雀公領 白領=白虎公領 玄領=玄武公領
歴史的事件の連続であった。
初の非能力者竜帝、星雨真羅の誕生。
白虎公ミトラの独立宣言。
朱雀公凰斉の行方不明事件
伝説の国ガイロニアの出現
世界的な戦争勃発
中でも、最も重要なキーを握るのは、伝説の国の出現である。
実際には出現したのではなく、砂漠によって遮断され、商人による経済交流のみがかろうじてあった。正式な使節が送られ、統治者レベルでの交流が開始されたことを、久遠の歴史では、『出現』と呼ぶ。
『久遠』とは、我々の『世界』と同義語である。
だが、ガイロニアの出現は、『久遠』に国家としての意味を持たせた。
それまで、白虎公ミトラの行動は、反乱でしかなかった。
ガイロニアの出現により、『久遠』は、竜帝星雨の『東久遠』と白虎公ミトラの『西久遠』、そして『ガイロニア』の三国家が並立する世界になった。
と言えばご理解頂けると思う。
十一月十七日にミトラが宣戦して始まった『竜虎大乱』は、『乱』の字から分かるように内戦とされている。しかし、実質は国家間の戦争であったと言える。
事実、ミトラは己の正統性を確信していた。
間違っているのは、相手なのだと。
朱雀と同盟を結び、ガイロニアの援助を得て、玄武が中立を保つ。
圧倒的な勢力差でもあった。
ミトラは、己の電撃的勝利を信じて疑わなかった。
しかし、戦線は膠着。消耗戦の様相を呈するのである。
さて、物語を再開しましょう。
戦争のさなか、六竜子の若者達は、それぞれの戦いを生きていました。
(構成の都合から、主人公は最後に。)
陰陽道に基づくと言っておきながら、それらしい描写が少なかったですし、五行の順に参りましょう。
木=風 霧狼忍
竜崎勇気の気配を追って飛び出したまま、蒼竜公領にも戻らず、各地を探し回っています。
知り合いの同業者から、巨大な『力』の戦闘があったらしい、との情報を手に入れたんだ。現場は天領の荒野なんだけど、恋する乙女のカンが告げたんだ。勇気様の手がかりがあるはずっだって。
で、ボクは今、現場で手がかりを探している。なんもない赤茶けた荒野で、手がかりもなにもあったもんじゃないんだけどさ。ボクは自分のカンを信じる。シノビって、理論的な思考が第一って思われそうだけど、ちょっとした事柄から、重要な情報を引き出すのに必要なのは、ヒラメキなんだ。
そうこう言っているうちに、
「アレは!」
ガラス化した砂だ。手にとって見ると、簡単に崩れ落ちた。勇気様の属性は雷。だから、全力で戦うと、付近にこうした痕跡が残る。もっとも、勇気様くらいのレベルじゃないと、こんなに分かりやすくならないんだけどね。
「一足違いかぁ」
天領で勇気様の気配を見失ってから、一旦、朱雀公領に向かったのが仇になった。あのまま天領のまわりを探してたら、勇気様に会えたかもしれないのに。
「まだまだ、負けないよ。いや、負けないわ!」
最近、言葉遣いを女の子っぽくしようと努力してるんだ。違う、してるの。このままじゃあ、勇気様に女として見てもらえないもん。清明さんにもらった本を教科書がわりに、頑張ってるんだけどね。
とりあえず、次は戦争の最前線に忍び込んでみようかな。
乙女のカンが告げているんだ。
勇気様はそこにいる。
火=炎 北条麗子
年表にあるように、彼女は唯一の肉親を失い、第573代朱雀公に仮着位しました。祖父凰斉が暗殺されたものと思い、犯人に憎悪を抱いています。
独りになってしまった。
祖父が、いなくなってしまったのだ。
父の死を看取ってから二週間後、祖父は白虎公との会見に赴き、戻ってこなかった。
「争いは、なんとしても避けねばならん」
そう言って、厳しい表情で出かけていった祖父。祖父は世界の平穏を守るために、決死の覚悟で会見に臨んだ。それが、白虎公領に辿りつくことすらできず、いなくなってしまった。
皆は、何か考えがあって姿を消したのだと言う。だけど、孫の私にすら何も言わずに、祖父がいなくなるはずがない。
祖父は、暗殺されたのだ。恐らく謀略の為に。
犯人は私が必ず見つけ出して見せる。その為なら、利用できるものは何でも利用してやる。
「思い通りにはさせない」
もう、振りまわされるのは沢山だ。
土=地 大地を駆ける竜 ガイ
最後の戦いの後、自分の一族のもとに帰り、兄の後を次いで酋長となっています。驚いたことに兄の路線を踏襲し、玄武公との和平を進めています。
兄者の蔵書を、読んだ。
兄者の部下に教えられながら、少しずつだが読めるようになった。汚らわしくて見るのも聞くのも嫌だったはずの悪しき文化。
「兄者の意志を次ぐ」
全てが終わった後、なぜかそう思った。そう思ったら、兄者の蔵書が気になった。思えば、兄者の話をまともに聞いたことなどなかったかもしれない。兄者は何を考え、何を目指したのか、気になった。
読み始めたばかりで、何も分かってはいない。だが、分かったこともある。
兄者は、何か大きなものを目指していたのだ。勝つとか、負けるとかを超えた、何かドデカイもの。
それを、今度は俺が探すんだ。
金=呪 エリス=ルートヴィア
大聖母マリアと参天女の保護の下に戻り、元通りの生活を送っています。微かな記憶に、兄と再開したと確信しています。
相変わらず殺風景な、鉄格子の部屋。でも、帰ってきてみると、ここがうちの家なんだって、感じがするから不思議やわ。
分かってる。殺風景なのは、あらゆる呪術的なものから、隔離するためなんや。うち、お姉さんたちに嫌われとるから。お姉さんたちにかかると、形あるものはほとんど凶器になるさかい、マリア様が守ってくれてるんよ。
ノアお姉さんが来てくれるようになってから、そんな寂しないしな。それまでは、だーれにも会えへんかったから、正直しんどかったわ。兄さんの写真見ては、毎晩泣いてた。
そう、兄さんに会えたんや。あの時、自分の中のもう一人が表に出とったときに、確かに会ったんや。あの頃みたいに、ちょっとおどおどしながら、笑うてた。普通の人が見たら、ただの仏頂面なんやろうけど、あれが兄さんの精一杯の笑顔なんや。うちは知っとる。
「兄さん、うちは元気や」
鉄格子からさし込む日差しも、笑うてるわ。
水=氷 フレッド=ホワイト
最後の戦いの後、姿を消したままです。
ぼろぼろのマントを新調した。ぼろぼろだったマントを、新品にしたのではない。新しく薄汚いマントを買った。今までのマントが、マントとして機能しなくなったからだ。あの時、俺の中で何かが爆発した。気がつくと、アジトの前に転がっていた。何故か、布団にす巻になって。前にもこんなことがあった気がするが、いつのことかは、あいにく忘れてしまった。
嫌に厳重なす巻から、肩の関節を外して脱出すると、脇に封筒が置いてあった。中には、ちょっとした大金と、
「マント代にして下さい。しばらくは、大人しくしてて下さいね(はぁと)」
の文字。本気だとしたら、どれほど豪華なマントを買わせるつもりだったのだろう。未だに謎だ。だいたい、何者なのだろう。
「誰だ!」
背後に気配を感じて、振りかえった。気配と同時に、ポーンと弦楽器らしき音が聞こえた気がした。
「まさか、な」
恐ろしく嫌な予感がする。
最後、木=雷 竜崎勇気
復活後、気のおもむくまま、ふらふらしています。
正直、驚いた。
俺も、さんざん楽天バカと呼ばれたが、上には上がいるもんだ。俺の『無茶』の結果、巻き込まれた『向こう』の青年のことだ。意識だけの存在だった俺は、封印から解放されるにあたって、とりあえず剣に宿った。結果として、青年、竜崎勇気と行動を共にするになった。よく分からないうちに、久遠に復帰したんだが、どうも雲行きが怪しい。
「これから、どうする?」
とりあえず、聞いてみた。
「なんとか、なるでしょ」
と、来たもんだ。大将、この状況で余裕だな。まあ、俺も同じ状況だったら、同じこと言うだろうけど。
「珍しい武器だな?」
「ああ、多分銃だよ」
『じゅう』ってのは、随分小さい武器だ。細長い筒状のものに取っ手がついてる。大砲の携帯版みたいなもんかな。なんか、ヤバイ気がするんだが。
「分担は、どうするよ?」
「剣さばきと、体さばきを分ける、とか?」
かく言ううちに、包囲網は着実に狭まる。
「面倒くさいな」
「じゃ、十人ずつ交代で」
「そんなところか」
黒ずくめの男達が、ざっと百人。
「さて、やりますか」
「おう」
味方ではなさそうなので、死なない程度に『のす』ことにした。なんとなく勇気も通じているらしい。そこらへんは、変わり者同士阿吽の呼吸だ。にしても、思ってた以上にややこしいことになってるな。
任せろって言ってたくせに、全く、ゆー坊は何やってんだ?