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第1話「人形、動く」





最後の戦の直後。
二人の戦士が大地に突っ伏し、一つの大きな災厄が消滅した地点から、程近い場所。







「竜崎勇気だな」
 黒服たちのリーダーらしき男が告げた。当たり前だが、黒服といっても、背広ではない。が、当たり前ではないことに、黒いメタルジャケットなのである。どこぞのスワットチームのように、ヘルメットやマスクを着込み、中腰の姿勢で『物騒なもの』を構えている。
「一緒に来てもらおう」
 どう見ても、友好的ではない。よって、決断は既になされている。勇気も俺も、こういう場合は、迷わないタチのようだ。
「断る」
 先手必勝、勇気はそう言うなり、俺を大地に思いきり叩きつけた。
 あ、申し遅れた。俺は、リュート=ブレイブハート。昔はちょっと名の知れた剣士だったんだが、今は縁あって、『轟刃(とどろくやいば)』という剣をやっている。って言っても分からんか。とりあえず、死霊が剣に取憑いた、ってのが近い。
 俺も勇気も雷を操る。勇気は、『力』の放出や、運動能力の向上ぐらいしか出来ない。それはそれでレベルは高いのだが、それしかできないと言うのも問題だ。副産物として、雷を纏うこともあるが、それはあくまで副産物。そこで俺の出番なわけだ。タイミングをあわせて、雷撃の閃光を発生させる。土煙と合わせて特大のめくらましだ。
 お世辞にもコンビネーションは良くない。ついさっきコンビを結成したばかりだし、無理も無いが。まあ、そこはそれ、経験豊富な俺が上手くやるのさ。
「各自散れ! 逃がすな!」
 先ほどの、リーダーらしき男の声が聞こえる。
 冷静な判断だ。視界が利かなくても、訓練を積んでいる奴らなら、陣形を広げるくらいミリ単位の誤差無くやってのけるだろう。散ることで、同士討ちの可能性も減る。俺たちを見失う可能性も減る。ただ、唯一の問題は、俺たちを一対一で捕まえられるはずがない、と言うことだ。
「ふごっ!」
 柄でみぞおちを打つ。相手は満足な悲鳴を上げる前に失神した。
「やっぱ、竹刀で頼む」
 もう一人の延髄を柄で打ちすえながら、勇気が言ってきた。
 も一つ申し遅れた。俺は変幻自在な剣で、ほとんど全てのタイプの剣に変化できる。今の姿は両刃の長剣だった。こんな無礼な輩でも、殺したくないらしい。
「いたぞ、こっちだ!」
 無駄口叩いてるから、見つかってしまった。土煙はまだ完全には消えていない。よほど訓練されている。集団行動だけなら、玄武の兵より優れているだろう。が、しかし、
「いかんせん、弱い」
 竹刀に変化した俺は、勇気に無断で、背後の奴の眉間を思いきり突いた。当然、引っ張られる形になった勇気は、よろめく。
「もう交代?」
 勇気が、素っ頓狂なことを聞きてきた。
「いや、ちょっとやってみたかった」
「あ、そう」
 我ながら、ツッコミ役がいないと、どうしようもないなこれは。俺、ツッコミの練習をしなきゃならなんかも。
「ていっ!」
 竹刀になった途端、勇気の動きが良くなった。手首や肩を打ち、死なない程度に戦闘不能にしていく。と言うと聞こえが良いかもしれんが、要は半殺しだ。もしかして竹刀を選んだ理由って、ただ慣れてるからだけなのか?
「おりゃっ!」
 今のは、肩が砕けたな。仏心があるというのは、俺の考え違いだったようだ。
「いい加減、ここらで切り上げよう」
 過半数はのした。これで俺たちを見失ったら、追撃は不可能だろう。土煙は、まだ消えていない。
「おう、じゃ交代」
「おう、って面倒な役は俺かよ」
 まあ、一対多数なら、断然俺の方が強いけどな。
「でぇい!」
 もう一度、土煙を起こす。そして、一目散に走り出した。
「そっちにいったぞっ! 逃がすな!」
 のしたとばかり思っていた男のひとりが、声を張り上げた。なかなか根性があるな。でも、一メートル先も見えないこんな視界で、そっちもあっちも、あったもんじゃないだろうが。
「どうすんの?」
「任せろ」
 一対多数は、俺の専売特許。基本はヒットアンドアウェイ。逃げるのもお手のものだ。近くにいる奴を手当たり次第に攻撃しつつ、土煙の外に出た。威嚇ぐらいしかしていないから、すぐに追いかけてくるだろう。
「すぐ見つかっちゃうぜ」
「黙っとけ」
 俺は、と言っても勇気の身体なのだが、反転して再び土煙の中に突っ込んだ。そこから、斜め上空に飛ぶ。今度は気配を消し、気づかれないように細心の注意を払う。
 相手が探すであろう方向とは、全くの逆に飛び去るわけだ。
「なるほど、凄いねえ」
 しきりに感心する勇気。こんなのは初歩の初歩だが、誉められて悪い気はしない。
「これから、どこへ?」
 的確な質問だ。
 なのになぜだろう、勇気は思いつきで言っているようにしか思えない。
「玄武にある、山に行く」
 恐らく、奴らはそこにいる。勇気には酷だろうが、現状を把握している知り合いは、奴らしかいない。

















それから、約一ヶ月。








「ミトラ様、ガイロニアからの使者がいらっしゃいました」
 口ひげをたくわえた、老年の執事は、ゆるゆると優雅な動きで部屋に入ってくると、表情一つ変えずに、ぽつりと呟くように言った。
「おお、お通しせい」
 ミトラは、いたってぶっきらぼうに答えた。
 書斎である。机の上に足を投げ出し、アヤしげな本を読んでいた。事態は切迫しているはずである。いつ、戦争に入ってもおかしくない。その戦争の重要な協力者が、使者を送ってきたのである。
 それでいいのか、ミトラ?
 ミトラは、読んでいた本を書棚の裏側に戻すと、ひとつ欠伸をした。欠伸をした拍子に、壁の肖像画に目がいった。
「バカ親父が」
 そこに描かれていたのは、前竜帝ジエイ=ロスと幼いミトラであった。ジエイの笑顔が、不自然に強張っている。対してミトラは、満面の笑みであった。描いたのは、ミトラの母だ。困ったようなジエイの表情をそのまま描くあたり、ミトラの母の意地悪さが見てとれる。
「ミトラ様」
 絵を睨みつけるミトラに、執事がおずおずと言った。
「お客人をご案内いたしました」
「おっ、すまんかったな、お客じ・・・」
 振りかえったミトラの視線が、くぎ付けになった。客人は女性だった。
 美人だからではない。灰色のスーツを着込み、ふちなしの眼鏡をかけ、髪を無造作に団子にしている。どこにでも居そうな、普通の女性だ。
 ミトラが目を奪われたのは、女性の目の輝きだった。
(こいつ、本当に生きとるんか?)
 それが、ミトラの第一印象であった。
 輝きが無いわけではない。仕事に生きがいを感じている、生き生きとした光があった。だが、ミトラには、それがどこか作り物に見えた。
「お初にお目にかかります。白虎公閣下」
 にこやかにお辞儀をするその女性には、隙の無い鋭さがあった。
(しかし、それも、作りモンか?)
 ミトラは、その感覚がどうしても振り払えなかった。
「よう来たな。ま、座って話そうやないか」
 なるべく、動揺を悟られないように、ミトラは注意した。外交は、心理戦だ。隙を見せた方が、不利になる。
「では、早速お話を始めましょう」
 ソファに、向かい合って座ると、すぐに話合いは始まった。女性は持ってきた書類をテーブルに広げ、指し示しながら提案する。それを、ミトラがふんぞり返りながら聞く。という形だ。
 内容は多岐に渡る。
 兵員補充
 兵器売買
 経済提携
 物資提供
 人材育成
 戦後経営
 等などエトセトラ
 全てが、拍子抜けするほど、白虎側に有利であった。
 いくら自信家のミトラでも、それが自分の外交手腕によるものだとは思えなかった。自分の無礼な態度に相手が、うろたえたり、怒り出したりするところで、自分のペースに持っていくのがミトラ流である。女性は、ミトラの不遜な態度を完全に無視していた。それだけを見れば、相手の方が一枚上手である。なのに、この結果なのである。
「何を企んどる?」
 ミトラはずばり聞いた。時に大胆に。これもミトラ流外交術である。
「いえ、何も。我々は、貴方の大義に共感し、その志をどうにかして助けたいと思っているだけですわ」
 女性は動じない。
「嘘をつけ。こんなんまる損やんか」
「人間は、損得だけで動くとは限りません」
「それにも限度がある。これじゃ、国が傾くぞ」
「我々の国力を、過小評価されているようですね」
(無駄か。)
 いかなる方法も、目の前の女性を動かすことはできない。
「まさか、自分トコの王さんが、竜帝になれるとでも思うとるんか?」
 ミトラは、とっときのカマをかけた。
「我らの王は、古代竜帝の血統を守っております。その可能性があってもおかしくはありません」
 毅然と、女性は言い切った。
「と、言えば納得してくださいますか?」
「ふん。あくまで伝説上やろ。そんなたわごと信じるかい」
 ミトラは、ふんぞり返った体勢から、ずいと上体を前に倒した。机越しに、互いの視線がぶつかる。ミトラの鋭い視線にも、女性は目をそらさない。
「信じる信じないは、そちらのご勝手ですが」
「あんたらの協力には感謝しとる。あんたらが居なかったら、これだけのことはできんかったやろ。だが、今回の申し出は断らしてもらうで」
「それでは、私は帰れません」
 女性は、緊迫した空気の中で、なおも微笑んでいた。
「なら、全ての条件を半分にせい」
「それでは、勝利が保証されません」
 睨み合いが続く。
「自分こそ、わてらの実力を過小評価しとる」
 根負けしたように、ため息をついて、女性が言った。
「七割でいかがですか。これ以上は、私の権限を越えてしまいます」
(それのため息も、作りモンやな。思った以上に手強いわ。)
 さっきから、女性に感情が感じられない。姿も声も仕草も、完璧に作り上げられている。ミトラはようやく心理戦が、有効ではないと気づいた。
「六割五分。後は譲れん」
 純粋な計算を心がけた。相手の自分に対する影響力、戦争になった場合の勝算。弾き出したギリギリの答えであった。
「分かりました。詳しく内容を詰めますので、後日改めて伺います」
 そっけなく答えると、女性は席を立った。
「待たんかい」
 すうっとした後姿に、ミトラは声をかけた。
「何か?」
「自分の名前を聞いとらんかった」
 女性は、しばし沈黙し、何かを考えているようだった。
(それも、作りモンや。騙されんで。)
 ミトラは、目の前の女性が、一瞬たりとも気が抜けない相手であることを悟っていた。
「これは申し遅れました。私はガイロニア外務省筆頭外交事務官エリナ=イスラークと申します」
 深深とお辞儀をし、エリナと名乗る女性は立ち去った。








「まるで人形やな」








誰も居なくなった部屋で、ミトラはぽつりと言った。








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