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第10話「天才錬金術師、殴られる」

 「説明してもらわなきゃいけないな。白虎公さん」

 その言葉は、白虎公ミトラの亡骸の少し奥、柱の影にたたずむ人影に対して発せられていた。暗殺者は、別の壁に寄りかかるようにした体勢で、押し黙っている。
「なんや、ばれてもうたんかい。おもろないな。すました顔しとる自分を、びっくりさせたかったんやけど」
 柱の影の人物は、明らかに自分が『白虎公』であると言うことを認めた上で、話を進めている。どういうことだ? 
「あんなに笑っちゃ、ばれないものもばれるさ」
「我慢したんやで、あれでも。しかしま、自分ほどの腕前やったら、気づくわな」
 麗子の明晰な頭脳は、この頃になってようやく本来の冴えを取り戻しつつあった。

















 時間を少し遡ろう。そう、暗殺者が白虎公の寝室に踊り込んで来たところからが、分かりやすいだろう。
 暗殺者が、部屋の中に音も無く侵入して来る。そして、寝台に眠る中年オヤジを認めるや否や、槍を片手にさっと迫る。オヤジは全く気づく気配は無い。そして、その槍が、正確にオヤジの胸を突き刺す。ここまでが、暗殺者の行動の全てである。
 次に人影の行動である。といっても、大した動きは無い。柱の影にいて、二人の青年が部屋に入ってくるのを見届け、槍が刺さるのを確認して、思わずにやりとした。
 最後に勇気の行動。部屋に踊り込むと暗殺者と白虎公の姿を探して、しばし辺りを見まわす。視界の端に、今まさに槍を突き立てられんとしている白虎公を認め、すばやくそこへ殺到する。しかし、時既に遅く、槍は無常にも中年オヤジの胸を貫いてしまう。せめて暗殺者を逃がすまいと、油断無く構える。そんな勇気の耳に、どこからか、非常に微かな含み笑いが聞こえてきた。その笑い声の主を求め、辺りを探ると、柱の影のところに異様な力の気配が見つかる。それは、彼が最近感じ取ったことのある、ある人物のものと同一の、しかし、明かにその規模が異なる力だった。彼は、感覚が感じたままを口にした。その言葉が、上記の台詞となったわけである。
 そして、この場にいる全ての男性にとって、戦闘以外の場面では全く苦手とするタイプの女性が、二人、更に部屋に入ってくるのであった、、、、、

(??ふたり??)

















「どういうことよ!勇気、説明しなさい!」
「ん、ああ、そっちにいるのが本物で、こっちで倒れてんのが偽物。いや、分身なのかな?」
 事態が自分の手の届く範囲に戻ってくると、麗子はやはり強い。一方、勇気は相変わらず、自分が感じた事柄を上手く言葉に変換できないでいるようだ。
「分身か。おもろい言い方やな」
 うかつな一言が、墓穴となるというのはよくあることだ。
「そうよ。ことの元凶はあんたよ。だいたい、あんた何者なの!?」
「わてか? わては白虎公ミトラ=ロス様に決まっとろうが」
「じゃあ、あそこで倒れてんのは一体どこのどいつよ!? とにかく、そこから明るいところへ出てらっしゃい!」
 それは、この男にもしっかり当てはまる。
「しゃあないな。嬢ちゃんにはかなわんわ」
 頭をぽりぽり書きながら、自称白虎公の男がその姿を現す。
 白を基調とし、胸と肩の付け根に銀の飾りが施されている貫頭衣の上に、絹のローブを羽織るようにしている。白虎に仕える神官の正装だ。銀の飾りの形や大きさからいっても、彼が神官の最高クラスであることが伺える。銀色の長髪を首の後ろのところで束ねて垂らしている。大雑把なようでいて、隙のない身のこなし。ある種の威厳を持ち、それでいて人懐っこそうな笑顔で男は歩み寄ってきた。
「さあっ!説明してもらうわよ!一体なにがどうなっているのか」
「なんか、尋問されているみたいやな」
「いいから、早く喋りなさい!」
 幾分ヒス気味になりつつある麗子に、身の危険を感じたのかどうかは分からないが、男は喋り始めた。
「何度も言うようやけど、わては、正真正銘ホンマもんの白虎公、ミトラ=ロスその人や」
「でも、そうすると、あそこでくたばってるのは一体?」
 先ほどまでの緊迫感とは打って変わって、いつもの、のほほん口調に戻る勇気。
「そう、問題はあいつのことやな」
 そう言って、親指で自分の後ろに横たわるものを指し示す。
「百聞は一見に如かず、や」
 パチン。
 軽く指を鳴らすミトラ。すると、シュウウウウウウウウ、と言う音とともに、今まで微動だにしなかった男の亡骸が、ふわりと宙に浮かびあった。
「我、樂神樂祇の聖獣白虎の名において命ず。汝、我が命により生を受けし偽りのものよ、」
 凛とした呪の言霊が、ミトラの口から紡がれる。その左手は顔の前で何やら印を組み、もう片方の手で、宙にしかるべき図形を書き現す。
「その身を縛せし咒(しゅ)を今解き放ち、有るべき姿へと、たちどころに還らん!」
 最後に右手を鋭く振り上げると、男の亡骸は強烈な光を発して見えなくなった。
「我が元へ、還り来たれ!」
 その声に、反応するように、光はミトラのかざした右手に吸い寄せられていく。光が収まったとき、そこにあったのは一枚の呪符だった。
「こいつが、あれの正体や」
「ほへ?」
「し、式神だったの?」
 あっけに取られ、バカみたいに口を開けている勇気。対して、麗子は頭の片隅にあった知識を引っ張り出すことに成功したようだ。
「その通り。十数年前から政(まつりごと)を任せとった。自信作や」
「でも、」
 解説しよう!式神の能力は、こちらの世界で言うとロボットと同じ。つまり、与えられた仕事は完璧だが、臨機応変な対応はまだまだ無理、と言う訳だ。人間そっくりと言うのにも莫大な手間がかかり、事実上不可能のハズ。しかし、今目の前にいる男が作った式神は、その不可能をやってのけている。久遠の一般的知識人として、この現実は受け入れるのに抵抗がある。
「はん!わてを誰だと思っとるんや!」
 両手を腰に当てて、思いっきり胸を張るミトラ。久遠の支配者って言うのは、皆子どもっぽいのだろうか?変な疑問を抱いてしまった勇気をよそに、ミトラの演説が始まる。
「万年に一人と言われとる天才錬金術師のこのわてに、不可能などない!」
 どこかで聞いたような台詞だ。
「ええか?政(まつりごと)なんてもんは、よーするにクニのゼニ儲けや。つまり、まつりごとを為すもんは、クニの損得だけ判断しとればええ。その判断の式をぶち込んでやりゃあ、式神でも立派に勤まるちゅうこっちゃ」
「なっ?!」
 なんと乱暴な理論であろうか。
「実際、ここ十数年の弥陀の発展は、どや? スザクのジジイのとこと変わらんくらい栄えるようになっとるやないか」
「でもさ、その間、白虎公さんは一体何をやっていたのかな?」
「そ、それは、、、」
 何だかんだ言って、結構鋭い男、勇気である。明かにうろたえるミトラ。
「何よ、あからさまにアヤシイわね。まさか、何もせずに遊んでたとか、、、、」
「せや! 自分ら、わてとあの式神、全然似とらんのに、何で騙せたか知りとうないか?」
 必死に話題をそらそうとするミトラ。させじと更に麗子が追及しようとしたが、
「そういや、不思議だね?」
 竜崎勇気、彼の鋭さは、意識的でないのが玉に瑕である。
「せやろ! そこんとこがわての天才たる所以や。十数年前、あの式神を招来してたときに、わては、全ての公務を情報通信で行うようにしたんや。画像がわてのままやから、だぁれも気づきよらんやった」
 あまり、大した思いつきでもないような気もするが。
「じゃあ、なぜ麗子は会った時に気づかなかったんだ?」
「ふん、私の仕事は本来、内政よ。通信に出たことなんてないわ。会ったのも今回が始めてよ」
「へ? じゃ、なんであんなに嫌ってたのさ? 会ったこともない人間を」
「政治の勉強をしたら、出てくんのよ! 『ミトラ氏のゼニ哲学』ってのが! 世の中ゼニゼニって、いい加減うざったいのよ!!!」
 おお、それは確かに嫌だな。それはともかく、読者諸氏はもうお気づきだろうが、ミトラはこの時完全に麗子の追及から逃げおおせている。食えないやっちゃ。
「ところで白虎公さん、そんな自信作をどうして、消しちまったんだ? 暗殺者を使ってまで」
 してやったりと、内心ガッツポーズを取っていたミトラは再び、ぐっ、と詰まった。
「――――き、気が、そう、気が変わったんや。やっぱり、政は自分でせななぁ、と思て」









パシイィィィィッ!!!!









「はぐぅぅぅ! おどれ、何さらしとんねん!!!」
 不意の一撃に、後頭部を抑えながら振り向くミトラ。そこにいたのは――――
「ジュ、ジュリアあ!!!」
 窓から差し込む月光に照らされ、幻想的な雰囲気を漂わす女性。腰まで垂らした白雪の如き髪が、まるで絹糸のように滑らかな光を放つ。落ち着いた大人の女性である。
 パジャマ姿で、クマさんスリッパを履いて、手に巨大ハリセンを持っていなければ、誰もが、その雰囲気に近寄りがたい高貴さを感じたことだろう。
「アナタッ! 正直に失敗したって言えないんですか?」
「うぐ」
「うぐ、じゃないでしょ。それに、今何時だと思ってるんです! こんな真夜中に式神に変な悲鳴あげさせるは、大声で呪言を詠唱するは。ご近所に迷惑じゃないですか!!」
「す、スマン」
「謝るんなら、そこの若い剣士さんとお嬢さん、それに壁のところの殺し屋さんに言いなさい! 式神の処分するのにプロの方の手を煩わせるだけでなく、式神にボディガードをつけるなんて、何考えてるんですか!?」
 麗子と勇気、ついでに暗殺者のお兄さんまで、目を丸くして見ているしかない。先ほどまでの勢いもどこへやら、ミトラはすっかりおろおろしている。
「いや、そのほうがおもろいかなと、、、」
「なんですって!!」
「いや、何でもない、ないです」
「いいでしょう、お話は後ほどじっくり聞かせていただきますわ。皆さん、うちの夫が誠にご迷惑をおかけしました。お詫びはしっかりさせますので、今日のところは、どうか私に免じて許してやってください」
 慈愛に満ちた優しい笑顔で微笑む、ジュリア=ロス女史。が、その手に握られた巨大ハリセンと、隣で青くなっているミトラの様子が、なんとも言われぬプレッシャーをその笑顔に付加していた。
「そう言ってくださるんなら、私達は別に、、、、ねぇ、勇気」
「あ、ああ、僕は剣さえ作ってもらえるなら――――
「アナタ、明日の朝までに、仕上げて差し上げなさい」
 押し殺した声、にこやかに言うジュリア。
「は、はいぃっ!」
 びくっ、と反応するや否や、素っ頓狂な声で答えるミトラ。微笑ましい夫婦の光景だ。
「そこの、殺し屋のお兄さんは、何かお望みのものは?」
 まるで、新聞屋さんや郵便屋さんに話し掛けるように『殺し屋さん』に話し掛ける。
「―――契約どおり、やってくれればいい」
 この男だけは、何とか自分のペースを保っているようだ。驚異に値する。
「アナタ!聞いての通りよ。キチンとお金を払って差し上げるのよ」
「はい、、、」
 力なく返事をするミトラだが、何故かニヤリと笑ったようにも見えた。しかし、それが『契約』の内容がばれなかった為とは、さすがのジュリアさんでも気づかない。
「今日のところは、もう遅いですし、うちに泊まっていってください。明日は、キチンとおもてなしいたしますので」
 ハリセン片手に迫られては、断れるものも断れない。
「よ、喜んで」
「う、うん」
「………」
「せや、もう寝よか」
「アナタは、剣を作るんです!」
「せやったな、、、」

















 明け方。
 白虎公公邸の一室、充血した目のミトラはせっせと錬金術の儀式の準備をしている。
「………」
「なんや、お前さんかい」
「………採用試験には合格した」
「ふうむ、ま、あのガキが変に強すぎやったからな。いいやろ。採用や」
「では、本来の仕事を教えてくれ」
「ま、どうってことあらへん。


蒼竜公を暗殺して欲しいんや………」

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