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第11話「忌まれし巫女、告げる」

「勇気様の精神値、上昇していきます」
「70、80、90、100!」
「―――、まだ上がる!110、120、130、
「180で安定」
 なおも、せわしく報告を行うオペレーターたち。朱雀公公邸の1区画を占める、『研究所』の情報管制室だ。
 その後方で、二人の男がメインスクリーンらしきものを見つめている。
「やはり、『木』の値が一番あがっておるな」
「蒼竜の力が、開放されたとおっしゃるので?」
「いや、『思い出しつつある』と言ったほうがよいじゃろ」
 白衣にフレーム無しの眼鏡をかけた、線の細い、ひょろ長い男と、朱の正装に身を包み、ヤケに大きな眼鏡をかけた小柄な老人。ジョージ=ハーバーと北条凰斉である。二人の眼鏡にモニターの光が反射して、どことなく不気味だ。
「『思い出す』ですか?記憶が戻っていると?」
「体が感覚を思い出しておるのじゃよ。この世界におることでな」
「しかし、今回の異常な上昇値は、それだけでは説明できません」
「ジョージ主任、君ほどの者ならば、分かるハズじゃ」
「あの暗殺者が、『六竜子』の一人―――ということですか」
「断定はできんがの。その可能性は十分にある。太古に剣を交えたことがあったのじゃろう。その記憶がきっかけになったとすると、辻褄が合う。そもそも、あの者の強さは尋常ではないしの」
「彼の者の封印は、解けつつあるようですね」
「いや、あの力は天性のものではない。何か強い感情を、怒りか憎しみか、持っておるがゆえの歪んだ力じゃ」
「そう言われれば。しかし、そうだとすると、逆に封印の完全解放は困難になります」
「何にせよ、今は推論の域を出ておらぬ」
「きゃぁっ!」
 画面に映し出された映像。串刺しにされた勇気の姿に、女性オペレーターの一人が短く悲鳴を上げる。続けて映る勇気の非常識な動作。
「精神濃度、限界値を超えました!」
 異常な値の処理に、更にあわただしくなるオペレーターたち。その後ろで微動だにしない二人の男。
「勇気様の封印の開放は、時間の問題ですね」
 感情がこめられていない声。
「そう、わしらに出来ることは限られておる。その時が来るまでの間、長い時間を待つよりない。後は麗子に頼らねばならん」
「麗子様のおかげで、モニターが可能なのですからね」
 映像、センサー、その他の情報は、本人には内緒で麗子のイヤリングから送られている。だが、
―――違うのじゃよ。主任。
 老人の言葉の真意は、他にある。
「待っている間を、無為に過ごす気はないがの」
「はい」
 力なく笑う凰斉に気づき、多少の動揺を感じつつも、ジョージは努めて平静に答える。








 勇気の成長は、精神世界である久遠においても、異常なものであった。
 彼は、影と戦うたびに、強くなっていった。凰斉が教えたのは、『力』の基本的な使い方―――放出、強化、飛行など―――のみである。特に戦闘における技術を教えた訳ではない。彼の戦法は、彼が『元の』世界で学んだと言う『剣道』を踏まえた我流である。そして、それが技術であり、訓練によってのみ向上するものであるとするならば、自ずと限界も出てくる。その限界を遥かに超えているのだ。
 剣に雷を宿し、斬撃を放つ。雷の力を制御し、その反発力を持って己の推進力と為す。雷を現し、身にまとい突撃する。その規模もまた尋常ではない。
 全ては、彼が思いついたもの、いや、無意識に行っているものだ。
 凰斉は、その現象を『転身』すなわち『生まれ変わり』という概念で説明する。
「太古の英雄、『3代蒼竜公』の転身」
 それゆえの力だと言う。
 つまり、成長ではなく『回復』である、と。
 しかし、
「『転身』が成功した先例は確認されていない」
 理論は、3代朱雀公の時代に確立されていた。が、その理論を理解できる後継者がいなかったため、書物として保存されるのみであり、その実験が行われたかどうかも定かではない。それは、今でも変わらない。凰斉ですら、手も足もでない。
「3代蒼竜公が生きた時代に、その理論が生きた形で存在した」
 その事実は確実だ。
「だが」
 ジョージの根本的な疑問はそれに関するものではない。
「凰斉様は、どのようにして蒼竜公の転身を知り、どのようにしてその存在が彼方の世界にあると知ったのか?」
 そう、凰斉は、蒼竜公の転身の話、転身した場所、時間をどうやって見つけたのか?それがわからない。勇気召喚のプロジェクトリーダーでもあったジョージが知らない、と言うことは、凰斉以外の誰も知らない、と言うことである。
「全てはこれから始まるわい」
 背中を汗が一筋流れ落ちた。

















「いやぁぁぁぁぁっ!来ないでぇえ!」
 どこか、清楚な感じの部屋。一人の少女がベッドでうなされている。
「あんたが来ると、うち、またいじめられなあかんのや。堪忍して!」
 彼女は、無意識のうちに首のペンダントをきつく握り締めていた。
「兄さん、、、、」
 最後の力でそう呟くと、彼女の意識は闇の彼方へと落ちこんでゆく。時を同じくして、彼女の髪と瞳に変化が現れる。シルバーの若若しくしなやかな髪は、毛先まで黒々としたみどりの黒髪に染まり、ブルーの澄んだ瞳は深い漆黒を宿す。
「――――ごめんなさい」
 その声色、口調は、明かに少女のものではなかった。

















「どうぞ、ご遠慮なく」
 どこかおとっとりした口調、無邪気な笑顔でそう言われて、麗子はたじろいでいた。
「は、はあ」
 ここは、白虎公の公邸にある大広間。朝食のひとコマである。
 お約束のなが〜いテーブルの端と端に、ジュリアと勇気、麗子が向かい合うように座っている。問題はメニューだ。なぜ、朝っぱらから

『フランス(?)料理』のフルコース

なのか?
「もしや、お口に合いませんでしたか?」
 心配そうに聞いてくるジュリアに、悪意は全くない。
「いえ、そんなことは、、、、」
 慌てて、目の前のスープに口をつける。ジュリアはそれをみると、安心したようににっこり微笑む。嫌いなものではないが、さすがに朝からフルコースは辛い。
 ふと、横に目をやると、勇気は「うまい、うまい」と言いつつ、がつがつかっ食らっている。マナーも何もあったものではない。
 視線を前に向けると、ジュリアはジュリアで、上品にしかし、すごい勢いで食べている
「はあ」
 ため息の一つも出ようと言うものだ。
 ちなみに、暗殺者のお兄さん―――名をフレッド=ホワイトと言うらしい―――は、朝は食べないことにしている、と言って、どこかに行ってしまった。ミトラは、昨夜から剣の製作に徹夜で取り組んでいるらしく、作業場から出てこない。
「はあ」
 何度目のため息だろう?勇気のお守りをさせられるようになってから、碌なことがない。山奥に行かせられたと思ったら、今度は北の高原地帯、今は西の商業都市で、少しずれているご婦人の相手である。ため息もつきたくなる、と言うものだ。
 勇気の方が、その何倍もため息をついていることを、このお嬢様は知らない。
――にしても、全ての元凶、
 この勇気と言う青年は一体何者なのだろうか?
 麗子は、初めて会った時から、妙な既視感を感じていた。どこかで会ったことが?
 しかし、思い出すことはどうしても出来ない。
 祖父は、知り合いの息子で才能ある青年だ。と言っていたが、それ以上のことは教えてもらっていない。
 小さい頃に逢った事があるのだろうか?
 力の属性からして、蒼竜公領の出身らしいことは分かる。
 祖父の友人の家ならば、相当な貴族の家柄だろう。
 ならば、その能力の異常さにも、多少の説明がつくか。
――いや、
 あの力は、そんなことで説明できるものではない。
 だいたい、蒼竜公領の貴族達に、初代蒼竜公とその側近達の血を受け継いだ家系が、
『存在するハズないのだ』
 それは、なにより、蒼竜の力を正統に受け継ぐ家系が存在しないと言うことだ。朱雀の直系である自分を超える力が、生まれてくる可能性は極めて低い。
――まさか!
 その『存在しない』家系が、密かに生き長らえていた、と言うことなのか?
 隣にそっと目をやると、当の本人は、「食った食った」と、腹をさすっている。
――こいつが、ねぇ。
 麗子は、馬鹿馬鹿しくなって、考えるのを止めた。
 一方、ジュリアはようやく、朝食のテーブルに夫の姿が無いことに気づいた。
「あの人、遅いわね。朝ご飯までに仕上げるように言ってあるのに」








「………」
 相変わらず、無口なフレッド。空を見上げる彼の視線の先にあるものは?
「………」
 例の無様な黄金像である。
「………」
 何を考えているのか?
「………」
 手が、背負った愛用の槍にかかって、震えている。
「………」
 どうやら、切り刻みたいらしい。
「………」
 あきらめたようだ。








 ミトラが剣を仕上げたのは、朝食の1時間後であった。
「わての、飯は?」
「時間に間に合わなかったから、抜きです」
「そ、そんな殺生な」
 きっぱり言い捨てるジュリア、涙目で懇願するミトラ。白虎公夫妻は今日も平和だ。

















「影に関する被害報告書

 被害統計 死者35875人(行方不明15887人除く)
      重傷56298人
      軽傷172473人
   家屋 全壊14392棟
      半壊82397棟
 以上    調査完了区域33%分

 被害は、結界の不整備な郊外の村村で多発している模様。都市地域でも、通り魔事件の数%が、影によるものと見られています。巡察官を私も含め総動員しているものの、それでも足りませぬ。下級巡察官の中には、殉死するものも少なからずおり、もはや、中級巡察官クラスの結界は意味を持ちませぬ。確認された『影の長』は、その数1000体を下りません。
無理は承知です。ですが、一刻も早い応援をお願いいたします。
 第2999蒼竜節、9/23。
  朱雀公領、南部巡察官庁長官、李 羅山」








 ほとんど毎日のように届く、各方面からの応援要請。
 数字以外の文面が変わらなくなって久しい。
 ぎりり、
 と、歯噛みする。
 自分が出て行けたなら、今もどこかで断末魔を上げている、罪もない人々を救えるのに。
 少なくとも、今目にしている報告書の数字の何%かは、救えたハズなのに。
「皮肉よの。もっとも力のあるものが、もっとも安全な場所におる」
 彼には、やらねばならぬことが山ほどあった。
 内政、経済、外交。
 どれもなおざりにすると、クニが立ち行かなくなる。
 勇気、蒼竜の転身にして、この世界の希望。
 彼から目を離すことは、今、あまりに危険だ。
 それに、
―――老人達。
 いつもは落ち着くハズの書斎の静寂が、逆に精神を波立てる。
「いかん。わしが落ち込んだら、皆を不安にさせるだけじゃ」
 ふるふると頭を振り、目の前にある書類に集中する。
「南部か。あやつに、頼むかのぅ」
 老人の脳裏に、ある頼りなさげな男の顔が浮かんだ。
 その時だった。
Pipipipipipipipipi
 けたたましい、呼び出し音。机の上の水晶に手をかざす。
「朱雀公じゃ」
「凰斉様、百観大聖母さまより、緊急通信です」
「すぐ、つないでくれ」
 オペレーターの、ハイ、と言う言葉は、もはや凰斉の耳に届いてはいない。
「久しぶりね、凰斉」
 画面に現れたのは、少々ふくよかな感じの老女。肝っ玉母さんと言った風情だ。
「マリア、この回線を使っている、と言うことは、あったのだな、託宣が」
 マリア、と呼ばれた老女の顔に影が落ちる。
「ええ、その通りよ」
 白虎の最後の託宣の後、一切の託宣は下りなくなった。たった一人の例外を除いて。
「哀れな娘よの。闇の神の巫女となってしまうとは」
 孫娘を持つだけに人事とは思えないのだろう、凰斉の口調も心無しか暗い。
「時間がないのよ。例の転身の坊やと麗子ちゃんを至急、導真に向かわせて!」
「一体、何があると言うのじゃ?」




「蒼竜公のシンが、

暗殺されるの」





なんか、こればっかりな気がする、、、、力不足を痛感します。(作者)

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