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第2話「老いたる賢人、飄々と解説する」

 何がなんだか、さっぱりわからないうちに、いい様に丸め込まれたようだ。 あてがわれた部屋のベットに横たわりながら、さまざまなことを考えた。 実際、どうして僕は呼ばれたのか、そこんとこがイマイチ説明されていない。
 ここが、どんなところなのか。
 爺さんは何者か。
 何を企んで、僕を『誘拐』したのか。
 そもそも、僕はどうやってここに来たのか。
 そうだ、僕はただ、家に帰ろうとしていただけだったのに、帰るべき家は無く、代わりにこの馬鹿でかいお城みたいな屋敷があって、そいでもって、いきなり、爺さんが出てきて、気がついたらまた別の場所に居て、、、、、
一体、何がどうなってるのか、さっぱりわかってないのに、いつのまにか、爺さんのペースに乗せられて、気がついたら爺さんに協力することになっていた。それでも、明日には、もっと詳しく説明があるそうだから、気長に待つしかない。どう考えても、今の僕は囚われの身なのだ。誘拐犯(?)に従うほか無いだろう。
 そーいや、僕のこと『すくりゅーのでんせん』とか言っていたようだったけど、何のことだろう。

















 勇気の、日ごろ人の話をろくに聞かない性格が、不要な疑問を生み出していた頃。

凰斉老人は、その中華風の豪邸の中の一室に居た。『古代中華風のコンピューター』としか言いようの無いものが所狭しと並べられている。むろん、赤系統の色で統一されている。
「凰斉様、いたずらにもほどがあります」
そう訴えるのは、どう見ても中華風とは言えない、白衣の研究者だった。胸には主任のカードがある。凰斉老人は可々大笑して言った。
「いやいや、つい面白くてな。久しぶりの向こうじゃッたし、年甲斐もなくはしゃいでしもうたわ」
大きくため息をつく主任。その姿に反省でもしたのだろうか、凰斉老人は急にまじめな顔になった。
「負荷が、かかりすぎたか?さすがに今の状況では『力』が安定しないものな」
「大丈夫でしょう。今のところ、数人が気絶しているだけです」
そう言う主任の顔色も優れない。というか顔面蒼白に近い。
「かわいそうに。調子に乗って、広間にまで転移するんでなかったのお」
反省していると言うより、何か茶化すように変化した老人の口調に、主任は軽いめまいを覚えた。分かってはいるのだ。あの少年に一度目の転移(というより、時空の接続だが)のときに逃げ出されていたら、少々厄介なことになっていただろう。しかし、我が主君のなんと無邪気なことか。
「主任。明日は勇気殿にサンプルと迦楼羅(かるら)をお見せするでの。準備のほうよろしく頼むぞ」
真剣な顔に戻った主の声に、主任は反射的に、ハッ、と敬礼する。
老人は、少し苦笑するようにしてその部屋を後にした。

















 次の日である。勇気は朝日が昇る前の薄暗い中に佇んでいた。風が無性に寒い。これは何も勇気が早起きなのではなくて、早起きな老人にさっさと起こされてしまったのである。半分寝ぼけていた頭も、この寒さにすっかり目覚めている。凰斉老人の邸宅の中庭である。といっても、普通サイズの野球場より一回りぐらい大きい。その真中に勇気は立たされていた。朝もやが視界を狭めているため、建物が見えない。当の老人は、待っておれ。というとどこへともなく歩いていってしまった。
「さぶっ」
情けない声を出しているが、勇気は決して寒がりではない。道場の寒稽古で鍛えているからこの程度の寒さはへでもないはずなのだ。しかし、どこか背筋にゾクッとくるような風に、不思議と音を上げていた。
げっげっげっげっげっげげげ
 それは、突然やってきた。
 不気味な、そして不快な音をたてながら、朝もやの中を、のそりのそりと。『それ』は、人の形をしていた。しかし、少なくとも人そのものではないようだった。両腕をだらりとたらしている。近づくにつれて、なぜか、その姿はかすんでいくようだった。黒い、いや、暗い、の方があっているだろう。そいつは、どうも僕の方に向かってきているらしい。眼らしきものがぎらぎらと脂ぎった光を湛えている。肉食獣の眼。それも飢えた獰猛な奴の眼である。いつの間にか僕は竹刀を握っていた。自分でも気づいて驚く。習慣とは恐ろしいものだ。

げげげげげえっ!!!!

 飛び掛ってきた『それ』は、しかし、僕が何もしないうちにあっけなく吹っ飛んでしまった。一瞬何が起こったのか分からなかったが、どうやら、バズーカのようなものをもろに食らったようだ。吹っ飛ぶと同時に、それは掻き消えてしまった。後には何も残っていないようである。
―― 一体なんだったのだろうか? ――
「見ていただけましたかな?」
さっきの化け物がやってきた方角から、あまり、聞きたくない類の声が近づいてきた。
「あれが、『影』と申すものでしてな。人の心の中の影の部分が実体化したものですじゃ。ははは、前にも申しました通り、この世界では精神が物質に優位なのです。よって、あまりに強く大きくなった念は、実体を持ち、あのような化け物になるのですじゃ。もっとも、あれは、わしの部下が研究に研究を重ねた結果生み出した「サンプル」に過ぎますぬが」
「よーするに、思ったものが実現する世界、と言うことかな」
勇気は自分が言った言葉に、多少違和感を感じた。とても自分の言葉ではない。普通だったら、訳がわからずにただ混乱するだけのはずの今の状況で、どうして、自分はこんなに冷静に、こんなに非常識なことを平然といえるのか?
「ご名答。もっとも、それなりの強さと大きさが必要ではありますがの。いや、腰を抜かすんで無いかと期待して――――、いや心配しておりましたが、なかなか肝の据わったお人じゃ。わしの言いたいことをよく分かって下さった」
当たり前である。いかなる時も平常心がモットーの勇気の道場では、新人がある程度になると、山奥のとある洞窟に閉じ込められる、と言う試練がある。恐怖に対する訓練は嫌というほどやらされてきたのだ。それに、今の怪物は、理解を超えたものとしては捉えられなかった。ただの変な格好の獣である。
「で、あの『影』とか言うのをふっ飛ばしたのは?」
勇気もいっぱしの男の子として、機械、兵器の類には興味があった。さっきのはどうも銃のような小さいものではないようだった。どちらかと言うとバズーカみたいなのが想像された。しかし、重火器特有の爆音が全然聞こえなかったのだ。それが妙な違和感を感じさせていた。
「これじゃよ」
そう言って、老人は自分の右手を差し出す。その手の中には―― 何も持ってはいない。どう言う意味だろう。首をかしげて不信そうにする勇気。しかし、突然老人の手に変化が現れた。手のひらのちょうど真中ぐらいから、光が現れたのだ。その光は徐々にその強さを大きくし、手全体を包むようにする。
「少し下がりなされ」
言われるままに、数歩あとずさる。かああああぁ、と言う空気の乱れ流れる音とともに、老人の手の光はまた一点に収斂し、炎の玉となる。老人の手のひらからおよそ10センチのところでふわふわ浮いているそれを、老人は、おもむろに真上に振り上げた。それに伴って、半ば投げ飛ばされるように、炎の玉は、ごおおぉぉっ、という唸りと共に遥か上空へと飛んでいってしまった。
「見ての通りじゃ。こちらの世界では、お主達の世界で言うところの『超能力』が、実在する」
何時の間にか、口調から敬意が無くなって、くだけた物言いになっている。が、気づくだけの余裕が無い。
「それだけじゃあないぞ。『えすえふ』というのかな?それもある」
と言うと、凰斉老人は、パチン、と指を鳴らした。
がしゃん、がしゃん、がしゃん。
昔懐かしい、テレビアニメの世界の音が近づいてくる。そう、あの音である。

















がしゃん、がしゃん、がしゃん。

















がしゃん。








「な、何でもありか、ここは(汗)」
そう言わずにはいられないほどの『モノ』が、目の前に現れた。
そう、それはどー見ても、戦闘ロボットであった。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。気に入ってくださいましたかな。これこそ、わが朱雀の知恵と力の結晶、最高傑作『迦楼羅』。『力』が小さいものであっても、十分に戦闘を可能にする、画期的兵器なのじゃ!!」
―――やはり、ここは僕の世界じゃない。
気が遠くなりながらも、昨日とは違った形で現状を把握する勇気。その間にも、老人の妙に熱い解説は続く。
「この一対の翼によって飛行が可能じゃが、鳥形態に『変形』すれば、『音速を超える』スピードが出せるのじゃ。空中戦はまさに『無敵』と言ってよいじゃろう。あくまで、―――」
妙にもったいぶったため方をすると、老人はとんでもないことを言い出した。
「わしと同じぐらいの奴が相手でなければ、じゃがの!」

は?

 その言葉を理解するのに、果たしてどれくらいの時間がかかったのだろうか、気がついたときには、凰斉老人は、怪訝な顔をして勇気の方を見ていた。どうやら、とてつもない時間、金縛りにあっていたようだ。
「つ、つまり、このロボットと爺さんでは、爺さんのほうが強い、と、言うことかな?」
ようやく、それだけ言うことができた。馬鹿馬鹿しい、いくら特殊な力を持った人間であろうとも、自分の十数倍はあろうかという鉄の塊に勝てるはずが無い。そう思いたかった。だが、
「その通り!」
さも当然、と言った様子で老人は答えた。その口調は幾分子どもっぽくもあった。
「この世界の中心、『光建』を守護する四神公が一人、この『朱仙』凰斉には、さしもの迦楼羅も適いはしないのじゃ!!」
 多少、大人気無い。いや、まるっきり子どもである。
「そんなに強いのか?爺さんって。どうも納得いかないな」
(ああ、言ってはならんことを、このガキは!)
作者の言葉ではない。それは、今の今まで黙っていた迦楼羅の『パイロット』の心からの絶叫だった。もっとも、スピーカをオンにしていなかったために、勇気も凰斉も聞こえてはいない。
「なんじゃとおぉっ!いいじゃろう、この凰斉の力をしかと見るがよいわ!!!をい、榊!相手をせい!!」
彼―――榊匡也―――の恐れていたとおり、逆上した凰斉老人は、迦楼羅との模擬戦を命令してきた。まさに悪夢である。この前の時の修理が終わったばかりなのに・・・

「さっさとせんかっ!!!」

そして、今度こそ開いた口がふさがらなくなった勇気の前で、迦楼羅は、そのゼー○ガン△ムのような優雅な姿を、べっこんべっこんにされてしまうのだった。

「わしは、

強いんじゃああぁぁぁあっ!!!」


と言う、叫びと共に・・・・・

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