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第22話「雷鳴に駆け、虚空を裂くもの」





「すみませんが、今動けるのは貴方しか居ないのです。お願いできますか、霧狼君?」
「うん、別にいいよ」
「本当にすみませんねぇ」
「うん、別に」
「いや、私が能力者だったら、自分で行けるんですが」
「うん」
「……あの、霧狼君?」
「うん」
「聞いてます?」
「うん」
「もしもーし」
「うん」
「明日は、雨らしいですよ」
「うん」
「おや、知ってたんですか?」
「うん」
「……ダメですね、これは」
「うん」

















圧倒的光が錯綜する、此の世ならざる時空。
彼らは居た。
「すべての『六影衆』の起動を確認した」
甲高い声が、その場の皆を試すような口ぶりで告げた。
「『神具』の状況は?」
落ち着いた、威厳のある声が静かに問う
「ふむ、多少の遅れはあるものの、全て間に合う計算だ」
「しからば、いよいよか」
太い、腹の底に響く声が、感慨深げに呟いた。
「まだ、不確定要素が多すぎる。油断は禁物だ」
無感情な、冷たい声がその呟きに応じる。
「そうですね。我らの数千年に及ぶ悲願、そう易々と成るとは思わない方が良いでしょう」
穏やかな声が、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「それはまた、随分と弱気なお言葉じゃ。そんなことで、我らが『王』の養育係が務まるのかのう」
幾分控えめに、しかし、皆に聞こえるように甲高い声が言う。
「お主! 言葉が過ぎるぞ!」
太い声の主が、口調を荒げた。
「何を言うか。『王』は我らの悲願の大いなる鍵じゃ。その『王』がいざとなって腑抜けでは困るではないか」
「お二人とも、お止め下さい。確かに私の発言は弱気と言われても仕方ありませぬ」
「お主!」
「しかし、ことは我々だけの問題ではない。我々は遥か太古からの、数知れぬ幾千の先達より受け継いだ聖なる使命です。失敗は許されない。ことは慎重を要すると思うのですが」
「ふん。さすがは一国の宰相殿じゃ。弁が立つ」
「いかように仰っても結構です。使命のためならば、どんな汚名も喜んで受けましょう」
「その心意気や良し。すべては、我らが光竜の為。和を乱すような行為は慎むべきだ」
威厳に満ちた声が、甲高い声の主を諌めるよう言う。
「皆の衆。マスター様が姿を現さぬと言うことは、未だ時が熟せぬとの証だ。今は『六竜子』の働きを待とう。引き続き監視を」
「了解した」
甲高い声が、ケケケと笑った。
一呼吸置いて、全ての声が唱和する。
「「「「「我ら、光の名の下に、永遠の秩序を望む者。いざ行かん。約束の地へ」」」」」
















「ええと、ボク何しに来たんだっけ?」
それは、恐らくシノビ装束の人間が言ってはいけない部類の言葉だと思う。
なんとか現実世界に戻ってきた霧狼忍は、『避雷針の森』を訪れていた。




『避雷針の森』―――
一年を通して不安定な気候が続き、雷が落ちやすいために、古代からの避雷針が林立している丘陵地帯。危険この上ない場所だが、蒼竜の属性の一つが『雷』であるために神聖な土地ともされている。




その神聖な大地に、正体不明の破壊テロがあった「らしい」と言うのだ。
稲妻がいつ落ちるかもしれない場所のため、避雷針の警備及び管理は全て、式神や機械によっていた。その遠隔管理用の定時信号がぱたりと止んでしまったのだ。
早急な現地調査を必要とするのだが、土地の事情が事情だけに『力』をもつ人間でなければ近づくのは危険なのだ。




「確か、避雷針の修理がどうとか……」
人の話はしっかり聞きましょう。
シノビたるもの、任務を完全にこなしてこそ一人前だ。
そして、忍は超一流のシノビのハズなのだが、
「そう言えば、あの人の属性は『雷』だったよね……」
おーい。こんな危険な場所でそんな遠くを見るような眼をするもんじゃないぞ。








以下、忍の回想(「嘘、大げさ、紛らわしい」表現を含みます)




そう、ボクがいかにも悪役面のごつい男に、今にも殺されそうになった時、あの人は現れた。
「伏せろ!」
と、叫んだかと思うと、次の瞬間には悪党を一撃で退治してしまって、それでそれで、ボクの方を向いて
「君は僕が守る」
だなんて、




キャーーーーーーー




(注 そんなことは言ってないよ。←勇気)

でも、あの人は旅の途中だったから、どうしても旅立たないといけなかった。
「必ず戻る」
と、涙ながらに約束を、




キャーーーーーーー




(注 だから、そんなことは言ってないって。←勇気)

そして、あの人はボクのところに帰ってきてそれで、
「結婚しよう」
って、




キャーーーーーーー




(注 いや、だからさ、そんなことは一言も言ってないって。←勇気)




記憶喪失の後、無意識のうちに無理やりつくりあげられた、偽りの記憶である。
この現象は、忍にしか現れてはおらず。シンやセイを大いに困惑させた。




忍は男同然に育てられた。立派なくのいちになり一族の長となるためだ。
修行は厳しく、幾度もめげそうになった。しかし、一族のエリートとしての使命感、責任感が、彼女に尋常ならざる鋼の精神力を与えていた。
そして、弱冠十六歳にして、一族のNO2である若頭になったのだ。
それがどうしてこうなってしまったのか?
原因の一端はセイにある。
彼が、修行の為に蒼竜公を訪れていた忍に、興味本位で『少女漫画』なるものを与えると言う暴挙にでたのである。
何も知らないと言うことは、免疫が無いと言う意味でもある。
すぐさま、忍は洗脳されてしまったのだ。それも、だいぶ間違った認識で。
いわゆるシンデレラシンドロームの亜種とでも言いましょうか。
さすがにシノビの娘だけあって、
「一生その人に守ってもらう」
の部分が、
「一生その人の影となり戦う」
になってるのだが、大同小異、五十歩百歩である。




「それでそれで、お弁当作ったんだ、って言って……」




……まだ、やってたんですね。








あっ、あぶな…








ガン




犬も歩けば棒にあたるではないが、隠密行動を得意とするシノビが歩いていて避雷針にぶつかったら、お話にもならない。覆面で目以外が隠れているので、その滑稽な表情が見えないのが、せめてもの救いか。
さらに、その避雷針めがけて稲妻が落ちてくるに至っては、もはやコントであろう。
この場合、当事者は髪の毛が爆発した程度では助からないのだが。




―――――― 風! ――――――




「!」
耳をつんざくような鋭く高い音を立て、風が忍をその場から運び去った。
そして、爆音。
少し前まで、忍がいた場所に小規模なクレーターができ、そこからすすけた匂いのする煙がもくもくと上がっている。
稲妻は、避雷針ではなく忍めがけて落ちてきたのだ。
否、稲妻は、「忍を襲った」のだ。
「ケケケケケケケ、かわせるとは思わなかったゾ。さすがは風竜子。しかし、次はどうかな?」
甲高い、神経を逆なでするような声が煙の中から響く。姿は見えないが、その異様な気配に、忍の顔が戦士になっていく。
こんどは煙の中から「水平に」稲妻が襲ってきた。
「つっ!」
必死の思いで飛びのくと、雷撃が右の足をかすって行く。
まだ、身体が宙にあるうちに、追撃が襲う。
「風よ!」
自分の身体を、風で地面に叩きつけるようにし、大地に仰向けの体勢で激突する。
背中から全身に伝わる衝撃に耐えながらも、忍の目は敵の姿を追っていた。
「面白い面白いゾ!」
なおも、敵の姿は見えず、その攻撃は止まない。
全身を捻り、左手を支えにして飛びあがる。まさに、紙一重のタイミング。シノビ装束の右脇腹が破けて、中に着込んだ鎖かたびらがのぞく。空いた右手で、真空の刃を放つ。
「ドコを狙ったのダ!」
声が、遥か空から響く。
相手のスピードが、生半可ではない。これでは、避けるのに精一杯で、こちらからの攻撃にまで移れるハズもない。
とにかく、相手の実体を見極めなくてはならなかった。全てを風にゆだね、その身を任せる。
次の一撃は、ほぼ直上からである。しっかりとした足場と体勢も作れる。
その上で心の目をこらせば、一撃を避けつつ敵を見ることが出来るハズだ。
見逃してはならない。もし、見逃してしまったら、二撃目をかわすことは不可能。
すなわち死だ。
ヤケに大きな自分の心音が、一つ鳴った後に、敵は動いた。
「キシャアァァァァァッ!!!」
閃光、爆音、衝撃波、そして土煙。
飛びすさりながら、両手で真空波を放つ。二つの真空波が重なった瞬間に、爆発的な突風が起こり、土煙を払う。




―――見えた!




それは、人の三倍はあろうかという有角の怪鳥だった。緑がかった黒い皮膚には羽毛は無く、鳥と言うよりは翼竜と言った方が正確かも知れない。足の先に付いた鉤爪の無機質な蒼い色だけが、鮮やかに目に映える。
全ての認識を終えるのに、コンマ一秒をかけない。




―――相手が、翼を持っているならば、




『力』の本質は、精神力による物理的法則からの逸脱である。だから、『力』による飛行は、空力抵抗などの干渉を一切受けない。しかし、翼を持っている場合は、物理的にも飛行が可能であるために、どうしても、飛行のある部分で翼を使ってしまう。
特に、飛び立つ場合や方向転換をする場合は、翼を広げ、羽ばたく、と言う予備動作を、どうしても行ってしまう。




―――そこに、ほんのわずかな隙が生まれるハズ。




敵の凄まじいスピードに気を取られ、攻撃に身構えることしかできなかった為だろう、攻撃と攻撃の間にあるハズのその隙に気づけなかった。




―――ボクもまだまだだね。




いや、白昼夢見てて避雷針にぶつかった時点で、もはやダメだと思うぞ。
忍の思考が、敵の姿から微かな突破口に至ると、稲妻の二撃目が繰り出されるのが同時だった。
風が、すぅっと忍の身体を運ぶ。急所をかばった左手に、白い線が一本浮かび上がった。シノビ装束の下の鎖かたびらまでが、切り裂かれたのだ。この傷の血が吹き出るころには、忍の運命は決する。
勝負は三撃目と、四撃目の間。まずは、三撃目の終わりを出来るだけ自分の近くにしなければならない。それには攻撃を避けながら、相手と同じ方向に跳ぶ必要がある。
あれだけの強烈な突進だ。そのまわりではかき乱された空気が渦巻いている。その一つを捉えれば、それも不可能ではない。




―――問題は……




問題は、そのわずかな隙につけいることが出来るだけのスピードを、彼女が出せるかどうか。




忍の記憶操作の犯人、分かりますよね? ちなみに単純な愉快犯です。

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