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第25話「鍵、揃う」





「しまったっ!」




 完全な誤算だ。敵の起した爆風がこんなにも狂った風だったとは。真横に飛びかかってくる敵を捉え、かわし、その横側を取ったまではよかった。あとは、非常識な突進が生み出す風の渦を捕まえ、方向転換の時に出来る、翼をはためかすための隙を突けば良いはずだった。
 風が狂っていたのだ。敵の放つ猛烈な妖気、瘴気が風の渦に滲んでしまって、忍の風と反発してしまった。
 猛烈な反発の力により、身体をふっとばされ、巨大な避雷針の柱にぶつかる。爆発音にも似た轟音と共に、直径数メートルの鉄の柱が傾く。背骨を強打し、神経が麻痺する。風のクッションが幾分ショックを和らげたものの、全神経を攻撃に費やしていたため、気休めに過ぎない。鉄の味が口の中に広がる。肋骨も何本かやられたようだ。周囲の妖気に吹き飛ばされただけでこれなのだ、直撃したら欠片も残らないだろう。

「観念シロ。この『雷裂(いかずちざき)』に出会ったことガ、お前の不運だったのダ。今、楽にしてヤル」

 もったいぶるように、翼を大きく広げ、天に向かって吠える雷裂。先の忍の狙いを理解しての行動だろう、動けない忍の前に、隙だらけの姿をさらして見せる。

―――前にもこんなことがあったなぁ。いつだっけ?

 刻一刻と失われていく体力に対して、頭だけは妙に冴えていた。きしむ身体を精神力で奮い立たせ、よろよろと立ちあがった。戦士として、無抵抗なままで殺される訳にはいかない。右手の甲に装着したクワガタのような武器を構える。肩で息をするたびに、激痛が襲い、気が遠くなる。

―――そうだ、あの人が現れた時も、確かこんな感じの場面だった。

 こんなに傷ついてはいなかったが、あの時も確かに死を覚悟していた。そこに聞こえてきた、怒号にも似た声。つい先日のことが、懐かしい想い出のように感じられる。雷裂が翼を羽ばたかせ、迫る。

―――フセテ!

「!」

 音声ではない、風の声。それは、あの時と同じように背後から確かに聞こえた。自由に動けない手足の代わりに、自分に風を吹きつけて無理やり横に飛ぶ。両手でかばったものの、全身を襲う打撃は生半可ではない。

「キサマ!」

 突風から顔を守りながら、無理に目を開くと、『力』と『力』のぶつかり合う閃光の中に、一つの影があった。声の主は、忍と同じ紫のシノビ装束をまとった女性だった。その手には、忍と同じクワガタのような武器がある。同じではない。それは、忍の記憶にある伝説の武器。忍の一族に絵巻物や物語としてのみ伝えらる神の武器である。その存在感、神々しい『力』は、忍の武器の元となった、オリジナルのそれであった。

「……母様?」

 外見が似ている訳ではない。雰囲気が似ているのだ。

「キサマッ! 風竜子!」

 嘴の先端の微小な一点を確実に捉えた『速風』の刃。神器の力もさることながら、使い手の力量も生半ではない。激昂する異形の怪物を前にして、涼しげな笑みさえ浮かべている。

―――私が手伝えるのはここまでです。あとは、貴方次第。

 音声ではない声。後姿しか見えない位置に居ながらも、忍はその女性がやさしく微笑んでいるのが分かった。刹那、雷裂は吹き飛ばされ、女性の姿は消えた。そして、神器は、元からそこにあったかのように、忍の腕に装着されていた。

「ハハハ! さしもの六竜子も実体を持たずば、それが限界。所詮はムダなあがきよ! 小娘に神具を与えたところで何になると言うのカ」

 空中でくるりと体勢を直す雷裂。忍は、目を閉じたまま、何の構えもせずにただ立っていた。

「怖気づいたか小娘! それとも諦めたか?!」

 ケケケと笑う声も、耳に届かない。微かな風が、忍の周囲に起こる。








―――さやさやさやさやさやさやさやさやさやさやさやさやさやさや








「風竜の魂なぞを受け継いだのが運のつきダ。今、楽にしてやろウ!」

―――そう、分かったよ。

 雷裂の言葉に応じるように、おもむろに、忍が呟く。

「良い覚悟ダ!」

―――ありがとう、風。

 それは、誰に向けられた言葉でも無かった。ゆっくりと、忍の瞼が開いていく。 稲妻と化した雷裂が迫るなか、忍はやはり微動だにせず、その目だけが、しっかりと正面を見据えていた。

「オワリダ!」

 空気の流れの中に、自分がいた。今まで感じられなかったような、微細な風の動きまで、手に取るように分かる。変幻自在に姿を変え、力を吸収、あるいは受け流し、風はいかなるモノをも受け入れる。雷裂の邪悪な気にあてられても、破壊的な速度の突進でかき乱されても、風は決して己を見失わない。風は自由なのだ。








 手近な避雷針の柱に寄りかかり、弱弱しい声で呟く。

「ボクの故郷の言い伝えなんだけどね」

「聖なる風来りて、勇者を救わん」

「さすれば、我らに大いなる未来あり」

「ってのがあるんだ」

「……」

「どうやら、ボク、勇者に選ばれたみたいだね」

 忍の背後に、ばらばらに切り刻まれた怪鳥の骸が転がっていた。

「……やりすぎたかな?」

 ………たぶん、そうだと思います。

















「どうした雷竜子!」

「うっさい! 僕には『竜崎勇気』っていう名前があるんだ! いい加減その乱気流とか言うのは止めろ!」

 やはり、天然なんだろうか? どこをどう間違えれば「らいりゅうし」が「らんきりゅう」になるのだろう?

「では、改めて問う! 竜崎、お前の力はそんなものか?」

「だーっ! 師範代みたいなこと言うんじゃない!」

 始まってから1時間以上経っている。動いているのが不思議なくらいなのだ。それでもなお、両者は一歩も譲らない。巨大な炎の蛇が焔斬の剣から数匹放たれると、勇気はそれをかいくぐり、かわしきれなかったものは一刀の下に切り捨てる。乾いた音を立てて、二つの剣が打ち合うたびに、辺りに朱と蒼の光が踊り、二人の間には『力』の衝突による、光の壁のようなものが現れる。

「いい加減やられろよ!」

「笑止! いつからお前は戦士の誇りを失ったのだ、雷竜子よ!」

「だから、その乱脈融資っての止めろって!」

 やはり〜(以下略)

 強がってはいるものの、影と違い、人間には疲労と言うものがある。拮抗していた力関係が、徐々におされ気味になっていく。ついには、軽い目眩を起したところに、一匹の炎をまともに食らってしまった。バランスを崩したところに、二匹三匹と次々に食らいつく。

「ここまでなのか? もっと楽しませてくれ」

 焔斬の呟きと共に炎は消え、勇気は白い煙を上げながら地面に崩れ落ちた。

「今の、さすがに効いた!」

 思わず剣を降ろしていた焔斬に、倒れた体勢から無茶な瞬発力で斬りかかる。計算しての行動ではない。だからこそ、焔斬もとっさに反応が出来なかった。左下から斬り上げる渾身の一撃が、焔斬の胸をえぐる。だが、どうしたことか、勇気はそれ以上の追撃を止め、逃げるように間合いを離した。

「お前、やっぱヒドイ奴だ」

 ゆらめく炎に包まれた体は、損傷の程がうかがえない。平然とした様子から、大したダメージにはなっていないようにも見える。

「だまし討ちをする、貴様のほうが余程酷いと思うが?」

 笑う。双方、無言で走りだし、間合いを詰める。剣と剣が打ち合う音と閃光。つばぜり合いになった。

「許せないな」

「貴様に許してもらう必要は無い」

 息を合わせたかのように、お互いに相手を押し飛ばし、離れる。




―――あの手応えは、十中八九間違い無い。




 嫌悪感と目眩が襲う。巨大な機兵を一撃で消滅させる炎を数発食らって、大丈夫なはずがなかった。高速で走っていた足がもつれ、転がる。一面の焦土と化した森に、掴まるような障害物はない。剣を地面に突き立て、体勢を無理に戻す。柄を握り締めた両手が、軋んだ音を立てる。

「一人で遊んでどうするのだ? それでは私がつまらないではないか」

 また、笑う。

「もっと楽しませろ!」

 瞬時に十数匹の炎が放たれた。全力が出せたとしてもかわせるかどうか。今の状態では、正面からぶつかっても力負けする。

「こなくそっ」

 それでも、勇気は正面から突っ込んだ。前面に『力』を集中させて、一点突破を図る。ダメージ覚悟で、被害を最小限に止めるのだ。途中から、突き出した剣先に、更に集中した。まばゆいばかりに輝く蒼い光は、炎をかき分け、道を作っていく。だが、勇気の目には『道』は見えていなかった。光は、徐々に弱まり、勇気の突進のスピードも目に見えて落ちていった。
 ついに、光が消える。視界を覆う、血の色の炎。ひとかけの息吹を口から吐き出したのは、炎に包まれる前だったのか、後だったのか。

「つまらん。もう終わりなのか?」

 ゆっくりとした足取りで、人の形をした異形の炎が近づくと、炎が異形の剣に吸い込まれるようにして、消えた。勇気は全身酷い火傷を負って、意識を失っていた。

「ほう」

 妙に感心したような声を出す。地面に倒れ伏した勇気の上に、微かな光と共に、霊剣『轟刃』が浮かんでいたのだ。

「この焔斬から、主を守るか。魂なき剣よ」

 嘲るように笑い、手をかざす。ただそれだけの動作で、轟刃は砕け散った。

「己の役目を果たそうとするのは良いが、身の程を知ることだ」

 今度は、笑わない。奇剣の長い方の刃を、勇気の喉元につきつける。

「私の役目も、漸く終わるのだな」

 焔斬の剣をなぎ払うように、蒼い閃光が走った。誰かが放ったのではない。閃光が自分の意志で飛んできたのだ。閃光の名を『蒼竜の瞳』。鈍い青色の光を放つ宝玉である。

「なるほど、魂のご登場か。嬉しきかな。太古の戦より幾年ぶりか」

 蒼竜の瞳の輝きが、一段と増し、光の爆発が起こる。剣を持たぬ左腕でまぶしがるような振りをする。実際まぶしいのか、ただおどけているのかは定かではない。

「改めて言おう。久しいな、『轟刃』」

 白虎公の手による霊剣、轟刃が再生していた。否、再誕したのだ。『蒼竜の瞳』と言う魂を持った、聖剣として。

「貴様が復活したと言うことは、……なるほど、そう言う訳か」

 誰に言うでもなく、ひとりごちる。

「この分だと、他の連中も復活している。六影衆の復活と、六竜の神具の解放。酔狂なことだ。自らが封じた我ら『影』の主を、また自らの手で解放しようと言うのか? ……そうか、星が完全に廻ってしまったということか。避けては通れぬ時が来たという訳だ。だが、復活したときに、近くに司祭がいなかった説明がつかぬな。貴様らもさほどに愚かではないはず。不手際にしては度が過ぎる」




 宙に浮かび、自分を睨みつけるように光っている剣を見、




「いずれにせよ、鍵は揃ったと言うことか」




 笑った。




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