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第26話「伝説、紐解く」





「うがっ!」

 目が覚めると、見知らぬ天井だった。清潔な印象の白い天井。視点を移すと、同様に白い壁。鼻をつく消毒薬の匂い。どこか遠くで、カタカタと台車を押す音がする。

「病院か?」

 病院である。拠って、彼は病人である。正確には怪我人である。その証拠に、彼はミイラさながらの包帯ぐるぐる巻きで、ベッドに横たわっているのである。

「動けない……」

 動けなくて幸せである。動けば、治りかけの火傷痕がベロッと剥けてしまう。くだけた骨が、筋肉や内臓に突き刺さる。もっとも、それは昨日までの話。あと一日もすれば、完全な健康体に戻れるほどに、回復していた。

「ずいぶん遅いお目覚めね、勇気」

 なんとか首だけ動かし、声の主を探す。そこに座っていたのは看護婦さん、ではなく、一目でそれとわかる、シノビ装束の女の子である。が、声の主はその隣で仁王立ちになっている麗子嬢である。勇気は、麗子を無視し、シノビ装束の女の子に話しかけてみた。

「君は……」

「はいっ! その節はどうも有難うございました」

「確か……」

「霧狼忍、十六歳ですっ! 勇気様!」

「様付けは止めて欲しいような……」

「ボクと勇気様って同い年なんですねっ!」

「はぁ。(人の話、聞いてないなぁ)」

「ちょっと、なに無視してんのよ!」」

「いたの、麗子」

「わざとらしいのよっ!」

 殴ろうと振り上げた麗子の拳の前に、忍がすかさず立ちはだかる。




「どきなさいよ。じゃないとあんたも殴るわよ!」




「勇気様は、怪我人ですっ!」




 凄まじい殺気と殺気がぶつかり合い、飛び散る火花が見えそうである。

「まあまあ、お二人ともお止めなさい」

 首の角度をどうにか調節すると、麗子の後ろに和装の良く似合う男、蒼竜公、星雨新羅が立っていた。今日も紺色のちゃんちゃんこが決まっている。

「起きたばかりで混乱しているでしょうから、まずは、現状をお話しましょう」

「助かります」

 さり気に、二人の娘の間に入り込む。あまりに自然な動作なので、二人とも何とはなしに殺気を流されてしまった。

「見ての通り、ここは病院です。朱雀大学の付属病院のようなものですが。君は、朱雀の南にある大森林地帯『だった』場所に倒れていました。天雀衆の皆さんが、発見して運んできたのです」

「そうだ、あいつは? あの炎の塊みたいな奴は?」

「発見時に、あたりには何一つ残っていませんでした。君と、君を守るように宙に浮かぶ剣以外は、何も」

 何一つ、の部分を強調する。言われて気がついた。剣はどこだ? 首を捻ると、枕元付近に轟刃(とどろくやいば)が立てかけられている。が、何かが違う。

「蒼竜公の秘宝、『蒼竜の瞳』を取り込んでいるのです」

 勇気の心の内を読んだかのような言葉。普通ならびっくりするところを、さして気にする様子も無く、剣に目をやる。曲がらない首を最大限に曲げ、上目遣いで必死に目を凝らす様子は、様になっていない。
 すっと、視界を遮るものが現れた。同時に、すこし甘い香りが感じられる。視界が開けると剣が無い。

「ボクが持っていた方が、見やすいでしょう?」

 視線を転じると。忍が剣を持って見やすい位置に差し出してくれている。自然と顔が接近してきた。その横で、なぜか麗子がふくれている。

「なるほど、柄の部分に宝石が埋まってる」

 普通、そこで照れるとか、恥ずかしがるとか無いか、主人公よ? 私は何の為にこんな恥ずかしいシチュエーションを作ったと思うのだ。もちっと、期待通りのリアクションをくれよ。

「この『蒼竜の瞳』は、太古、歴代の蒼竜公が用いた名剣の魂を宿しています。その剣の名を『轟刃(とどろくやいば)』」

「へ?」

「奇しくも、同名の剣に吸い込まれた……訳ではありません。凰斉先生がその名前を指定して注文したんです。名は霊格を規定する大事なものですからね。最高の剣には、最高の名を、と言う訳です。君の属性である雷は蒼竜が司っていますから、最適な名前だった訳です。
 蒼竜の瞳は、導真の蒼竜公邸に封印されていましたが、何者かの手によって、その封印が解かれてしまっています。セイご自慢の警備システムを作動させることなく侵入する辺り、只者ではないですね。
 ほかにも、流尊の『速風(すみかぜ)』 珠離の『虚理(うつろごと)』 弥陀の『浄珠(きよつたま)』 百観の『凍牙(こおれるきば)』 武魂の『地鉄(つちくろがね)』の封印が解かれてしまいました。
 ま、そのお蔭で、君達は助けられたわけですが」

「爺さんから聞いたことがあるなぁ。どれも、それぞれの都市を守護する聖なる武器で、確か『神具』とか」

「はい、その神具です。各都市で『御神体』として祭られていました」

「いや、んなことより先に聞くべきことがあった。あのバケモノは一体何なんだ? 『影』の一種だと思うけど、半端な強さじゃなかったし、第一、しゃべってた」

「君が遭遇したのは『焔斬(ほむらぎり)』と言います。『六影衆(りくえいしゅう)』のリーダー格ですね」

「六影衆って?」

 差し出していた轟刃を、そっと壁に立てかけながら、忍が聞く。心なしか頬が上気している。その横で、相変わらず麗子がふくれている。

「太古の昔、私達人類を滅ぼそうとした神がいました」

「知ってるわ。破壊の神『闇竜(あんりゅう)』」

 得意万面な麗子に苦笑いしながら続ける。

「……ええ。その闇竜の使い魔として、私達の祖先の前に立ちふさがったのが『六影衆』。その力は凄まじく、一日にして全人類の半分以上が死滅したといいます」

「全人類の半分だって?」

「正式な記録がありますから、間違いありません。ですが、欲しいままに殺戮と破壊を繰り返す彼らを倒すべく、六人の戦士が立ちあがりました。名を『六竜子(ろくりゅうし)』」

「りゅうし?」

「竜の子どもと書きます。私達の守護神である『光竜(こうりゅう)』の御子を名乗った、とされていますが、正しい由来は不明です。
 彼らはそれぞれ自分の属性に従って、『雷竜子』『風竜子』『炎竜子』『樂竜子』『氷竜子』『金(こん)竜子』と名乗りました。
 彼らの活躍で、六影衆は倒れ封印され、邪悪な神もまた、地中深くに封印されました。その彼らが使った武器が、『神具』なのです」

「だから、僕は『雷竜子』なのか。その封印がなんでまた?」

「分かりません。ですが、彼らの封印を解けるのは、光の一族か、闇の一族しかいません」

「光と闇?」

「光竜を崇める民と、闇竜を崇める民です。光の名の下に施された封印は、同じ光の力で解除するか、対立する闇の力で打ち破るしかないのです。もっとも、後者はかなりの力量が必要ですが」

「でも、もう倒しちゃったんだから、良いじゃない?」

「彼らはまだ、生きていますよ」

「えっ?」

「彼らの本体は『武器』です。身体は、普通の『影』と同じ原理で出来ています。
 剣を二本柄の所でくっつけたような形で、炎を操る奇剣『焔斬(ほむらぎり)』
 虚無の暗黒を宿し、全てを吸い込む邪悪な宝玉『禍魂(まがつたま)』
 生命の源である水の三態を自在に操る三叉の槍『陥水(おつるみず)』
 岩石を始めとした無機物をまるで生き物のように操る、魔杖『震岩(ふるういわ)』
 稲妻の如くに天空を駆ける飛翔の力を持つ、悪魔の爪『雷裂(いかずちざき)』
 風を操り、風に乗り、全てを切り裂く、円盤型の刃『流盤(ながるいた)』
 お話を聞く限り、彼らの本体を破壊した方はいらっしゃらない。すなわち、彼らは生きているのです」

「待ってくれ。今の話の流れだと、僕と、それからこの霧狼さん……」




「ボクのことは、しのぶと呼んでくださいっ!」




「……忍さん以外にも、闘った人間がいるみたいだけど」

「ええ、麗子お嬢さんと、百観の巫女の『美弥』さんと、そこに座ってるフレッドと言う青年と、それから、君もあったことがあるでしょう、北方民族のガイという少年。それに君と忍君を含めた六人が、六影衆と対戦しています」

「蒼竜公さんは、ボクのことしのぶって呼んじゃダメだよ」

「つれないですねぇ。まあ、分かってて言ったんですが」

 苦笑しながら、ふー、と息をつく。勇気はまたも、首を酷使する羽目になった。なるほど、足の方向にちょっとしたソファがあり、そこに見覚えのある二人の男が座っている。黙っているから気がつかなかったのだ。ガイは、床を見つめてぶつぶつ何かを言っている。フレッドという青年は、槍を肩にかけ、窓の外をぼんやり見ている……様に見える。

「で、皆さん大なり小なり怪我をされてましたし、神具解放について調査もしなければなりませんでしたので、久遠で一番設備の整った珠離に移っていただいた次第です」

「その『美弥』って人はどこに?」

「彼女は、もともと精密検査を受けるために、ここの研究施設を目指していたんです。今は、その検査の真っ最中ですね。なかなかの美人ですのでお楽しみに。
 で、本題に入らせていただきますが、申し上げたように、六影衆は健在です。また、私達を滅ぼそうと活動を開始するでしょう」

「そんなことさせるもんですか!」

「ええ、なんとしても彼らを止めなければいけません」

「しかし、面倒なことになったわね。神具が無いんじゃ、各都市の結界が弱まってしまう。普通の『影』の被害も増えそうだし」

「あれ、麗子お嬢さん御存じなかったんですか? 神具は霊域の『力』を吸い取っていたのであって、その神具が解放されれば、結界はより強固になるのですよ」

「え?」

「それに、彼らの次の目的地は分かっています。彼らは六体同時に『光建(こうけん)』を攻める」

「なんでそんなことが分かるのだ?」

 今まで無口だったガイが、初めて口を開いた。

「いや、実はもう二日前から始まっているんです」

「なっ!? シンお兄ちゃん、なんでそんな大切なこと言わないのよっ。こうしちゃいられないわ。急いで行かなきゃっ」

「ご心配には及びません。まだ、光建は健在ですし、あと二・三日は持ちますよ」

「なにせ、




久遠最強の男達




が、守ってますからね」

















時は遡り、二日前。
久遠の首都、『光建(こうけん)』の結界のすぐ外に六つの影があった。

「忌まわしい。人間どもの小細工カ」

 鋭い爪で、結界を殴りつける巨大な鳥。結界はびくともしない。

「ふん。こんなもの、破壊するまでだ」

 どす黒いクリスタルの彫像。三叉の槍を振りまわす。

「雷裂も陥水も、そう息巻くな」

 二体の後方から、炎に包まれた人型のものが歩み寄る。

「しかし、焔斬よ。この結界はちと厄介だぞ」

 小さな竜巻と、その中で廻り続ける手裏剣。声は何処からとも無く響く。

「流盤、お前らしくも無い。結界を切り裂くのが貴様の趣味ではなかったのか?」

「それもそうだ」

「おーれーがーくーうー」

 木偶人形が、意外な俊敏さで結界の前に現れた。

「禍魂か。そうだな、貴様が適任だ。震岩、ここは土ばかりだ。お前が大地から『力』を搾り取って、禍魂にまわしてやれ」

 杖を持った小型のゴーレムが、無言のままに杖を振るう。大地が割け、湯水の如くに『力』が溢れ出る。

「やれ」

 木偶人形の右腕から、どす黒い『力』の奔流がほとばしった。




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