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第27話「最強の漢(おとこ)たち、燃ゆ」





「おーれーがーくーうー」

 木偶人形が、意外な俊敏さで結界の前に現れた。右手が筒状になっており、時折、筒の穴から、空気を吸い込むような音が聞こえる。目玉の無い、窪みがあるだけの双眸で、物欲しげに結界の薄い輝きを見つめている。彼にとって、あらゆる『力』は、食い物に他ならないのだ。

「禍魂(まがつたま)か。そうだな、貴様が適任だ。震岩(ふるういわ)、ここは土ばかりだ。お前が大地から『力』を搾り取って、禍魂にまわしてやれ」

 焔斬(ほむらぎり)が、ゆらゆらとゆれる炎の身体を微かに動かし、今まで六体の一番背後に立っていたゴーレムに命ずる。六体の中でも一番の巨体であり、身長が有に二メートルはあろうかという岩のゴーレムが、無言のままに杖を振るう。耳に聞こえぬ低い低い唸りを上げて大地が割け、火山ガスの吹き出すような音を立てて、『力』が溢れ出す。
 木偶人形は、舌なめずりをし、右腕の大筒を大きく払った。目に見えるほどの光を放っていた大地の『力』が、一瞬で枯渇する。荒野に逞しく活きる草花たちが枯れ落ち、風化し、土に還る。還るべき大地も色を失う。豊穣の大地が、死ぬ。木偶人形は、その様子を、嬉しそうに一通り眺めてから、右腕に左腕を添え、結界の壁の一点に狙いを定めた。

「やれ」

 右腕から、どす黒い『力』の奔流がほとばしった。


「させんっ、『武甲壁』!


 結界を容易く射抜くはずであった禍魂の攻撃は、しかし、大きく逸れて天の彼方へと消えていく。結界と木偶人形の放った『力』の塊の間に、何者かが現れたのだ。

「ふん、命知らずガ」

 禍魂の大筒による砲撃は、かつて彼ら六影衆(りくえいしゅう)が、人間を『狩って』いた頃、あまりに手応えの無い町を、一瞬で蒸発させた。砲撃は、『力』の帯が十数秒に渡り連続して目標を襲う。頭を弾いたとはいえ、たかだか一人の人間が、その全てを抑えきることなど出来ようはずもない。

「待て、受け止めているぞっ!」

「何?」

 その何者かは、両手を突き出して黄金色に輝く『壁』を現していた。『壁』は揺るぎもせずに、木偶人形、禍魂(まがつたま)の攻撃を受けきってしまう。弾かれ、分裂して弱まった塊のいくつかが、人物の背後の結界にぶつかり、水が瞬時に蒸発するときのような音を立てて掻き消える。

「そのような、生ぬるい攻撃でわしの守りを貫けはせん」

 隆々たる体躯の老将である。落ち着いた態度とは裏腹に、他を威圧するプレッシャーをもった声だ。灰色に染まった髪が無ければ、老人とは見えないほどの気迫を放っている。年期の入った重量感のある鎧が、歴戦の勇者であることを言わずもがなに語っていた。悠々と両手を組み、目の前に居並ぶ魔物たちを見据える。目に映る揺るがぬ意志は大山の如く、纏う闘気は激流の如し。人これを勇将と呼ぶ。

「六竜でもない人間の分際デ!」

 怪鳥、雷裂(いかずちざき)が、猛り狂い襲いかかる。防御に優れているものの常で、老人の動きは追いつかない。
 否、動けないのではなく、動かないのだ。口元には微かな笑みさえある。

「おんどりゃこそ、たかだか、『影』の分際でなんや!」

 老人の背後から、雷裂の動きに合わせるように飛び出す白い影。何処かで聞いたような訛りだ。白いローブがはためき、腕や首につけた呪術用のさまざまなアクセサリーたちが、リズミカルな金属音を立てる。


「食らえや、『無尽の太刀』!


 両手をクロスさせた形から、一気に開く。腕輪に彫り込まれた魔術文字が妖しい光を放つと、何も無い空間から無数の刃が現れ、寸前まで迫っていた怪鳥を襲う。怪鳥は、已む無く急旋回をして逃れる。
 後退した雷裂と入れ違うように、よどんだクリスタルの彫像、陥水(おつるみず)が前に一歩出た。

「面白い術を使う。ならば、我のこの攻撃ではどうだ」

 槍を振るい、ローブの男の真似をするように、無数の氷の刃を現す。槍をもう一度振るうと、輝く透明な刃たちが、二人の男めがけて飛びかかった。

―――微かな金属音―――火薬の鼻につんと来る匂い―――鼓膜を連打する銃声。

 氷の刃は、何者かが放った弾丸によって、全て砕かれてしまった。

「何奴っ?」

 必要以上の怒りを込めて、陥水が叫ぶ。下半身のナメクジが口を大きく開き、咆哮をあげる。瞳の無い、血走った目が走り回る。相手を見つけると、目の前の二人を忘れたかのように、睨みつけた。
 男たちと、六体の魔物の丁度真横に、男が立っていた。『珍しく』髪の毛がきれいに真中分けで整っている。吹きぬける風にたなびく白衣が、なんとも滑稽だ。白衣の下に見える軽装の鎧には、業物の竜が彫り込まれ、竜の瞳には涼しげなブルーの宝玉がきらめいている。牛乳瓶の底のような眼鏡をかけ、その表情は読み取れない。




「ふん。私の『まぐなむ君四拾四(よんじゅうよん)』×2(かけるに)の味はどうだ?」




 両手に、自分の腕の太さの2倍はあろうかという、馬鹿に大きな拳銃を2丁持っている。白衣の上にたすき掛けになっている弾倉が、無茶な連射を可能としているようだ。更に、背中に怪しげなものが満載のリュックを背負っている。対して逞しくも無い四肢で、よく立っていられるものだ。

「相変わらず、サイテーなネーミングセンスやな、自分」

「趣味のことを、貴様に言われたくないわいっ」

 緊張感の無い漫才を尻目に、先ほどから、事の展開を見守っていた焔斬(ほむらぎり)が、傍らの流盤(ながるいた)に何ごとかささやく。

「心得た」

 ささやき返すように言ってから、流盤の本体である手裏剣が飛び去り、仮の身体である竜巻が、弾けるように拡大する。突風に、三人の男たちは身構え、とっさに動けない。

「少しは出来るようだが、これならばどうだ?」

 焔斬の剣から、巨大な炎の蛇が放たれる。竜巻が送り込む新鮮な空気を腹いっぱい食うと、炎は燃え移るべきものを求めて、三人の男たちに襲いかかる。

「伝説とは、往々にして誇張されるものだが、お主らもまた然りか」

 声と共に、空から焔斬のものとは違う炎の塊が落下してくる。地上から数メートルの所で急停止すると同時に、炎の塊は弾けた。勢いを増していた邪悪な炎と風が、弾け飛ぶ炎のかけらで相殺される。炎の中心から現れたのは、朱色の道服に身を包んだ眼鏡の老人。枯れた容姿に似合わぬ業火を己のまわりに廻らせる。背中側に大きく突出した炎は、火炎の翼にも見えた。音も無く大地に降り立つ。

「驚いたな。我らが眠っている間に、人間はかような術を持つまでになったか。名を聞こう、人間よ」

 炎の中の光る目に醜い笑いを浮かべ、焔斬は四人に名を問うた。

「第561代玄武公、『玄将』アインス=ウォルフ」

「第594代白虎公、『白天』ミトラ=ロス」

「第583代蒼竜公、『蒼賢』星雨真羅、の代理の新谷清明」

「第572代朱雀公、『朱仙』北条凰斉。ここから先、われら四神の名を持つ者が、一歩も通しはせん」

 後ろに回していた右手で、眼鏡をくいと押し上げる。レンズを光が走った。

「一人、例外がおるけどな」

「じゃかあしい。これでも俺は蒼竜公のNO1実力者なんだぞ」

「……我らの命を懸けた結界、破れるものなら破ってみよ」

 巨躯の老人が、すうと右手を前にかざす。他の者も、それに習うように身構えた。六影衆はそれぞれに薄ら笑いを浮かべ、それをもって答えとする。

「面白くなってきたではないか。六竜が来るまでの暇つぶしになりそうだ」

 焔斬の言葉で、火蓋は切って落とされた。

















 時間を元に戻そう。微かな消毒液の匂いに包まれ、差し込む夕日が赤く照らす病室。ついでに言うと、壁には厚手の布地であつらえられた紺色の学生服らしきものがかかっている。全身を包帯で包まれた青年を中心に、五人の人間がいた。廊下に続くドア近くに立っている和装の男が、身振り手振りを加えながら、何ごとかを他の人間に語っていた。

「神具が『力』を吸い取っていた?」

「そうです」

「でも、神具は各都市を守護しているって?」

「『力』を吸い取ることで、守っていたのです。太古の戦が決着したあと、木々、大気、炎、水、大地、音が、無秩序に『力』を吐き出し始めたのです。『力』を受け取り、扱う我々に対する影響は勿論計り知れませんでした。更には『力』の源たる天然自然をも狂わせ始めたのです。そこで、六竜子たちは己の武器に特殊な呪をかけ、『力』を制御しようとしました。具体的には、『力』を神具に吸い取り蓄え、適度な量を自然に帰した訳です。そして、今回解放されるまでの間、神具は自然の秩序を守り続けてきたのです」

「じゃあ、今の状態は危険なのか?」

「短期間なら、代替手段があります。大量に吐き出される『力』を、吹き出るそばから能力に使用して消費していくのです。当面のところは、結界系の能力者に徹夜で都市結界の強化をしてもらっています。地理的『力』を元とした都市結界は既に強化されていますし、能力者が全員倒れるまで防御は万全です。だから、四神公がそれぞれの都市を離れることが出来たのです」

「一つ、分からないことがある」

 今まで寡黙だったフレッドが、口を開いた。

「神具の所持者を、その『六竜子』と間違えたのなら分かる。しかし、俺が相手をした奴は、この槍が俺の手に現れる前に、俺のことを『氷竜子』と呼んだ」

「そう、私が話さねばならない一番大事なことは、それに関することです」

 一呼吸置いてから、星雨真羅(せいう・しんら)は意を決して、こう言った。

「皆さんは、『六竜子』の生まれ変わり、または後継者なのです」

 その意味を、実際意図された内容と比べ、一番近い意味で捉えることが出来たのは、我らが主人公であった。その他の人間には、あまりに非常識な事であった。

「『生まれ変わり』だと?」

















 真の光の中では、中途半端な光は暗く見えるものだ。光の洪水の中で会話をする老人達は、その輪郭すらまともに認識できない程ぼんやりした影となっている。

「諸君、いよいよ我らの大願が成就する瞬間が迫った」

「左様、我らの『光竜』が偉大なる姿を現すその時が来たのだ」

「太古の先達より引き継いできた、悲願が今やっと叶う」

「この世から、闇を払うのだ」

「そして、」

「光の秩序の下に、」

「永遠の楽土を」




「今こそ、約束の刻」




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