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第28話「二百華巡の因果、集う」





「今回この件にかかわった六人は、全員が、古代の英雄『六竜子』の生まれ変わりか、その末裔に当たる人間なのです」

















「我らの一斉攻撃を受け止めるとは、なかなかやるようだ」
「いかなる、攻撃で、あろうとも、わしの、盾を、突き通せる、ものか」
 黄金に輝く光の壁が、四人を包むように展開されていた。アインスの巨躯が大きく上下する。息が荒い。戦闘開始から、既に八十時間以上が経過していた。
「いくらおっさんでも、もう一度来たらヤバイんちゃうか?」
「不吉な、貴様と意見が合うとは」
「皆の衆、もうひとふんばりじゃ。奴らに二撃目を撃たせるな」
 己の高熱で歪んだ眼鏡を投げ捨てながら、凰斉が怒鳴る。今まで眼鏡の奥に隠されていた瞳は、細く鋭くしかめられ、強い意思の輝きを放つ。
 眼鏡が地面を叩く乾いた音で、四人は再び飛び出した。
 乱舞する刃と、鋼鉄の弾丸。
 燃え上がる炎。
 光建の街を背後に、一歩も譲らぬ光の壁。
 一向に衰えを見せぬ精神の輝きは、彼らが四神の名を戴く所以である。
(正確には約一名違うのだが、この際気にしないでおこう。)
 対する六匹の影。まるで闘いを楽しむかのように、さまざまな陣形、さまざまな技、さまざまな攻撃を繰り返していた。当初の目的であったはずの光建襲撃は、もはや忘れ去られているようだ。
 人型をした炎の塊、焔斬(ほむらぎり)が、五匹に目配せをする。
 小さくうなずくもの、無言で行動に移すもの、不服そうに鼻を鳴らしてから動き出すもの。反応は各々違ってはいたが、動きは統率の取れた完璧なものだった。
 遠距離攻撃の清明には、突撃系の雷裂(いかずちざき)を。中近距離のミトラには、同系統の陥水(おつるみず)を。一撃必殺の凰斉には、あらゆる攻撃を無効化する禍魂(まがつたま)を。近接格闘に優れたアインスには、遠距離系(?)の流盤。震岩(ふるういわ)に、バックアップを任せ、自分は指揮をとる。
 さながら、シミュレーションゲームである。

















「失礼ながら、貴族の血筋を持たないのに、相当の実力を持っていらっしゃる方がいる。これは本来『有り得ない』ことなのです」

















「くのっ、くらえいっ」
 セイの弾丸は、突進してくる怪鳥の中心をあやまたずに撃ちぬく。しかし、怪鳥雷裂のスピードをもってすれば、ただ真っ直ぐに飛んでくる鉛の塊をよけるなど、造作も無いことである。弾丸は残像を貫いただけで、虚しく飛び去る。
「愚かナ、貴様の動きなど止まって見えるワ」
 鋭い爪の一撃を、『まぐなむ君44』の砲身で受け流す。鋼鉄の銃がバターのように切り裂かれた。セイ本人は、超弾性繊維製白衣のお蔭で無傷だが……
「俺の自信作をぉぉぉっ!」
 怒り狂ったセイに同調するように、背中のリュックから新たな武器が飛び出す。それは、二本の鉄の棒が水平に並び、その取っ手部分に銃のグリップが付いたものだった。
「食らえぃ、愛と悲しみの『れーるがん君かすたむ』っ!」
 説明しよう、二本のレールに電流を流し、発生した磁界の反発力によって弾丸を打ち出す、世界最速の銃。それがレールガンだ。強大な電流は銃身のまわりに多大な悪影響をもたらすため、それ相応の設備を備えた巨大なものとなるのが相場なのだが、
「この天才発明家に、不可能はないっ」
のだそうである。
「そんなもので、このオレをとらえられるとっ」
 そんなわけで、並の銃とは弾丸のスピードも威力も段違いなのだ。大気との摩擦熱で真っ白な煙を上げながら飛んできた弾丸は、雷裂の翼を撃ちぬいた。
「馬鹿なっ」

















「古代の戦は、我々の完全な勝利で終わったわけではないのです」

















 純白のローブと銀色の『おさげ』をたなびかせて、ミトラはなぎ払う槍をかいくぐる。ネックレスや腕輪の打ち合う音。間合いに入った。
「爆刃(ばくじん)っ」
 両手を、胸の前で打ちあわす。拍手の乾いた響きに重なるように、足の裏にびりびりくる重低音が発せられる。合わせた両手の手首で腕輪に古代文字が光り、爆発するように、鋭い刃が飛び出す。
「なんの」
 クリスタルの彫像、陥水が槍を振るい戻し、無数の刃を凍らせて砕く。
「まだまだ、烈刃(れつじん)っ」
 両手を、今度は合わせたままで九十度捻る。額に垂らした宝玉が一段と輝き、巨大な斧が中空に現れた。斧と槍がかち合う。

















「六竜子は、二百華巡の時を越えて復活するであろう敵と戦うために、二つの方法を取りました。『転生』と『隔世遺伝』です」

















 一撃離脱を繰り返す巨大な手裏剣を、わずかな動きでかわし続ける巨躯の老人。
「どうした? 逃げてばかりでは勝てんぞ?」
 からかうように言い、速度を上げていく。老人は、腰を低く落として構え、大きく息を吐いた。
「武神掌(ぶしんしょう)」
 黄金の壁を、己の手に集中させ、飛び来る円盤を『素手で』受け止める。
 格闘術において、神とも呼ばれる漢、アインス=ウォルフ。彼の防御は結界とは異なり、敵の力と反発するのではなく、無効化させるのである。あらゆる動きには、その運動エネルギーが一瞬均衡しゼロになる点(ばしょ)と刻(じかん)がある。その動きが攻撃行動である場合は、その点と刻の直後に破壊力が生まれる。そのポイントに寸分の狂い無く、相手と全く同じ力、タイミングで衝撃を与えれば、相手の動きを無効化できる。または、ほんの少し違った向きに力を加えて、方向を変えてやることもできる。それは、例えレーザー砲のように攻撃してくる禍魂(まがつたま)であっても同じこと。指向性を持ち、高速で移動してくる『力』の塊に対し、壁を展開し、その点と刻に一気に壁を叩きつける。受けるのではなく、こちらからも能動的な動きがあるのだ。もっとも、素人には本当に動いているのか判別は難しいのだが。
「力比べと参ろうか」
 アインスと、風を纏った円盤型の刃、流盤。双方一歩も譲らず、押し合ったまま微動だにしない。

















「信じる、信じないは貴方がたの勝手です。ですが、六影衆を止めない限り、世界に未来が無いのは厳然たる事実です。そして、それが出来るのは貴方がただけなのです」

















「くーーーうーーーく(以下略)」
 凰斉の周りの空気が急激に薄れていく。喋る巨大掃除機、木偶人形禍魂。筒状になった右腕から、『全て』を吸い込んでいく。ゆっくりゆっくりと歩み寄る異形に対し、凰斉は、一所にとどまらず、円を描くように動き続けている。だらりと伸ばした両手から、高熱の白煙が噴出していた。
「めーーーがーーーまーーーわーーーるーーーぅーーー」
 自分の周りを動き続ける朱服の老人を見逃すまいとした禍魂。当然目が廻る。凰斉の白煙は、ほとんどが禍魂に吸い込まれていたが、微かな量がその場に滞り、視界を遮りつつあった。
「まっしーーーろーーー」
 白煙の向こうに、とうとう相手の姿を見失う禍魂。
「炎(ほむら)よ、迸(ほとばし)れ」
 声に気づき、下を見た時は既に遅かった。禍魂は腹部に密着した状態から紅蓮の炎を食らう。
「うごーーー」
 叫び声まで間延びしているのは、謎である。
 それでも伝説の魔である。吹っ飛ぶことなく立っている。
「ふんぬーーー」
 とてもそうは見えないが、怒っているのだろう。右手を大きく振りかぶると、目の前の老人に振り下ろす。無論、避けられる。だが、それで終わりでは無かった。振り下ろされた筒状の腕が、ラッパのように膨れ上がり凰斉を飲み込んでしまったのだ。
「くーーーうーーー」
 大きく膨らんだ右腕が、爆発的に膨らむ。ぶちぶちと何かが切れる音がした。
「うーーー?」
 更に風船の如く膨らんでいく。そして、臨界を超え、破裂。
「いだーーーーいーーーー」
 もがく禍魂。炎のマントを纏った凰斉老人が、腕組みをし微動だにせず浮かんでいた。

















「なんでもいいから、さっさと行こう」

















 高速飛行用の迦楼羅(かるら)から飛び降りた勇気たちの見たものは、巨大なクレーターにだった。未だに立ち上る煙が、鼻の奥につんと来る臭いを放っている。クレーターの中央には四人の漢たちが、お互いに背をあずけるようにして立っていた。穴の周縁には、六亡星を象るように六影衆たちが陣取っている。
 例によって、勇気が先走って一足先に降り立った。
「爺さん大丈夫か?」
「無論じゃっ。無駄口叩いてる暇があったら、とっとと選手交代じゃ。お前さんたち若いモンに華を持たせてやろうと言うのに。遅れて来おってから」
 とても大丈夫には見えない。凰斉を始め、四人の衣服はぼろぼろになっており、所々に赤黒いシミが見うけられた。
「やっぱし、もう一撃は、無理だったやろ」
「そんな推測、自慢すな」
「無念、ここまで。あとはお任せする」
 アインスが、約百時間ぶりに、膝をつく。
「あいつら、こんな切り札もっとったんか。おい、朱雀のジジイっ。自分知らんかったのか?」
「知っとったら、こんな無様なことにはならんわい」
「ごもっともやな」
 なおも、笑うだけの気力を残している。
「ほう、六芒陣をしのいだか。ただの人間がやるものだ」
 嬉しそうに笑うのは、焔斬。
「さて、随分待たせてくれたが、ようやく真打登場のようだな?」
「おうよ、お前も年貢の納め時だ」
「ちょっと勇気っ、あんた何勝手な行動とってんのよ?」
 遅れて降り立った麗子が、かっこつける勇気を小突く。
「そこが勇気様の良いところですっ」
 倒れそうになる勇気を支えるのは、くのいち少女、忍。
「下らん会話をしている場合ではないぞ」
 自分の数倍の体積を持つ鉄槌を担いだ少年。
「ガキはすっこんでてっ」
「なっ、何を」
 言葉の勢いにたじろぐ。ついでに、鉄槌の重さにバランスを崩してよろける。神の鉄槌、『地鉄(つちくろがね)』。その姿に、アインスは小さく笑った。
「……依頼はこなす。それだけだ」
 一人、マイペースの死神。その手にある神の槍を見、ミトラもまた小さく笑う。
「全て、爺さんの手のひらの上、ちゅうことか」




 そして




 一番最後に降り立った、巫女装束の少女。




 その髪は、漆黒。








「今こそ、全てを終わらせ、全てを始めるときです」

















 光の中に、老人達が集う。




「古に戦有り。
 陰陽相討つ。
 森羅万象の理は乱れ、
 天は地に、地は天になった」




「そう、天は天に戻らねばならない」




「そのために、我々は存在しているのだ」




「我らの神の戦士に祝福を」




「そして、忌まわしき魔に、裁きを」




「「「「「我ら、光の名の下に、永遠の秩序を望む者。いざ行かん。約束の地へ」」」」」




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