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第29話「陰陽、相討つ」





「六竜子にも六影衆にも、それぞれ属性と言うものがあります。雷と風は『木』、炎は『火』、山は『土』、呪は『金』、氷は『水』。これら五行には相性が存在します。ジャンケンのようなものですね」









 降り立った六竜子は、凰斉への挨拶も程ほどに、六方に散る。
 『蒼賢』星雨の指示通りに。









「まず、『木剋土(もっこくど)』。木は土の養分を吸い取る。故に木は土に勝つ」




 岩石魔人、震岩に躍りかかるは、風のシノビ、霧狼忍(16)。目下片思い中の純朴な少女である。もっとも、相手を視界に捉えニヤリとした瞬間から、彼女の顔はりりしき戦士のものになっている。
 急襲された震岩(年齢性別不詳)は、冷静に対応した。杖を振り、目前に迫った忍の周りの大地から、大小様々な岩石を生み出し、壁としたのである。だが、壁は壁の役割を果たさなかった。忍は、一際大きな岩石の影に姿が消えた直後、震岩の真正面に現れた。その右手に光る神の武器が、緑色の光を放つ。
 今度こそ、何の対応も出来ない震岩。その胸に叩きつけられる神具、クワガタ状の刃をもった手甲、速風(すみかぜ)。しかし、何の衝撃も起こらない。速風の刃は、震岩の頑強な装甲のきっかり三ミリで停止していた。先ほどまで輝いていた緑の光も消え去っている。
 こけおどしと気づき、怒りに任せて杖を振り上げる岩人形。

 ――― 風 ―――

 速風の刃の先端から、緑の光がほとばしった。放射状に数条の帯となって広がり、すぐにまた分裂し、毛細血管のように細かく細かく分裂し、目に見えぬほどの細さになって、震岩の鉱石の身体に辿りつく。
 それは、意志をもった風であった。不毛の岩場に微かな足場を見つけ、根付き、岩さえも破壊しながら広がっていく。さながら、植物の根。
 震岩の堅い装甲の隙間を縫い、その身体中に根を張っていく。最初に根付いた胸から、手足の末端まで緑色の光が届くのに、数秒もかからなかった。震岩は金縛りにあったかのように、ぶるぶる震えながら立ち尽くしている。光は、その手にある杖に辿りついた。
磁力で反発を受ける磁石さながら、一旦はそこから先への進軍を諦めたかに見えた風。しかし、その停滞は一瞬のことであった。
 緑色の光を放つ亀裂が、杖に無数に走る。震岩の濁った宝石の目が見開かれ、血のめぐらぬはずの瞳が血走る。
 忍が速風を引きぬくようにする。風と共に砂が四散した。




「いかなる隙にも入り込むのが、風の象」








「次に、『火剋金(かこくきん)』。火は金を融かす。故に火は金に勝つ」




「くーーーうーーー」
 こいつだけは本当に進歩が無い。間延びした声は、相変わらず神経に障る。麗子は、組み合わせが変わらなかったことを心底『遺憾』に思った。こいつの相手をしていると、なによりペースが乱される。イライラを追い払い、杖を構えた。
 赤き宝玉をいただく神の杖。名を虚理(うつろごと)。朱雀の神具である!。
 朱の光を放つ杖をくるくる器用に回す麗子。一歩間違えば『○女っ娘』である。
「食らいなさい」
 それは、麗子の奥義に匹敵する大火球であった。神具の力を持ってすれば、これが通常攻撃である。もともと相性は良かったのである。前回は神具の到着が遅れてしまったのが致命的であった。
「くーーーうーーー」
 右手の筒から、全てを吸い込む魔、禍魂。吸い込まれたものがどうなるのかは、本人も知らない。恐らく異空間で分解、吸収されるのであろう。火球は筒に近づくに従って先が細く鋭角的になり、次元が歪んだかのような錯覚を起した。或いは、禍魂の強力な吸引力は時空さえも吸い込むのかもしれない。
 火球は、吸い込まれる。さも美味かったとばかりに舌なめずりする魔人。
「残念でした」
 声は背後から。
「なーーーにーーー?」
 本当に驚いているのだろうか? 名前を呼ばれて振りかえる時もきっと同じ言い方をするのだろう。禍魂の名前をそんな風に呼ぶものがいるかどうかは、また別の話である。
 麗子は、背後にいた。その手が、すうと背中に当てられる。
「奥義、食らいなさいっ」
 一呼吸おいて、禍魂の腹から火の鳥が生まれた。丁度目の前にあった右腕ももぎ取る形で、宙に飛び出す。その嘴の先には、邪気を放つ、澱んだ水晶球があった。 確かにあったと見えたのも束の間、水晶球は炎に包まれ、灰も残らずに消滅した。
 典雅な鳴声をあげて、火の鳥はいずこかへと飛び去る。その後姿からポロリと落ちたものがあった。赤き宝玉をいただく神の杖。名を虚理。朱雀の神具である!。
 私まで殺す気ですか?! と、虚理が思ったかどうかは、本人が喋れない以上定かではない。麗子は、火球に虚理を潜ませ、禍魂の『胃袋』を探ったのである。内側からは完璧でも、外側からは脆かったりする。接近戦に不慣れな禍魂には、抗う術は無かった。火球を放つと同時に駆け出し、背後をとる麗子の力量もなかなかと言えよう。
 粘土っぽい材質の身体は、核を失いドロドロと土に還っていった。




「実体を持たぬ、虚ろな存在。炎と知恵は似ているのです」








「次、『土剋水(どこくすい)』。土は水をせき止める。故に土は水に勝つ」




「うぬは金竜子か?」
「その名は知らん。我が名は『大地を駆ける竜』」
 鋭い三叉の槍を持ち、ナメクジにも似た魔獣にまたがる澱んだクリスタルの彫像、陥水。対するは、己の数倍の大きさと、十数倍の重量をもつ鉄槌『地鉄(つちくろがね)』を担いだ、あまりに小柄な少年。身に纏った軽装の鎧には、やはりナイフなどの小回りの利く武器が似合うように思う。今回、彼の巨大な友人、咒鬼はいない。
「まあ、名など意味は無い。うぬも強い漢と見た。それで十分よ」
 言葉が終わると同時に両者が動き出す。
 その動きは、まるで対照的であった。大地を滑るように、『水飛沫を上げながら』高速移動する陥水。小柄な少年、ガイは、一歩一歩踏みしめるように、ゆっくり移動する。想像を絶する重さを、右手一本で支えて。
 陥水は、翻弄するように左右移動とを繰り返すしながら、徐々に間合いを狭めていく。一瞬の加速の後、ガイの目と鼻の先に現れる。咄嗟に空いた左手で前面を守る。ワンテンポ遅れて、至近距離で水蒸気爆発が起こった。巨大な鉄槌で前を払う。その動きと連動するように出した左足がずぶりと地面にのめり込んだ。足元が水になっているのだ。鉄槌が払った空間に、陥水の姿は無い。
「遅い遅いぞ」
 声は背後から聞こえる。振りかえろうとして異変に気づいた。のめり込んだ左足が、今度は凍りついて動かない。
「我が芸術的な攻撃の前に、死ぬが良いわ」
 恍惚とした表情を浮かべ、身動きできない相手を背後から襲う。あんた、ちょっと卑怯過ぎやしないかい?
「大地に選ばれし勇者の力、なめるな」
 この後に及んで、年齢とはかけ離れた冷静さを保つガイ。自由の利く右足を、左斜め後方に引き、身体を反転させ大きく背中を反らす。鞭のようにしなる右腕が、『地鉄』を背後に導く。ガイの目は、陥水の姿を瞬時に捉えていた。
 地震が起こった。
 誰も立っていられないほどの、大きな地震であった。
 しかし、そのなかにあってガイは、大地に足をつけたまま、微動だにしなかった。
 なにより、それは半径数メートルの非常識に局所的なものであった。
 揺れが収まった後の大地には、ひび割れどころか、微かな隆起も陥没も見受けられない。全ては、幻覚であったかのように、変化が無かった。
 ただ、再びゆっくりと持ち上げられた鉄槌の下に残った、粉々の槍と黒い『シミ』が現実を教えてくれていた。
「本当は、この手で仇を取りたかった。すまぬ、兄者」
 苦々しく、笑う。さっきまで氷づけだった左足が、一番大きな破片を思いきり踏み砕く。
「俺はどうも、あの女は苦手だ」




「いかなる洪水でも、大地を押し流すことは出来ない」








「更に次、『金剋木(きんこくもく)』。金は木を切り倒す。故に金は木に勝つ」




「また、会いましたね」
 『美弥』は、中空に浮かび静かに微笑んだ。腰まで伸ばした長い黒髪が、重力を無視して漂っている。
「やはり、闇の巫女たる者か」
「ならば、なんとします?」
「何も変わりはせぬ。我らが邪魔をするものは、全力で潰すのみ」
「ならば、私も全力でお相手しましょう」
 応答は、有無を言わせぬ突撃だった。円盤型の刃、流盤。しかし、その攻撃は『美弥』の脇をかすめて飛び去った。
「言霊か。しかし、私も馬鹿ではない。同じ手は二度と通じぬ」
 無言の微笑で答える。流盤の本体は、肉眼で確認できる範囲から遠ざかっていた。声は何処からとも無く響く。
「現れなさい」
 声は、響きを失った。局所的な竜巻が『美弥』を囲むように、発生したのだ。轟音に全ての音がかき消される。
「いかな最高霊位の言霊とて、届かねば意味が無い」
 相手の声は聞こえる。しかし、こちらの声は、天高く吹き飛ばされた。仕方ありませんね。唇がそう発音しようと動いた。あまり、気が進まない方法なのですが。
 目を閉じ、胸の前で手を組み合わせ祈るような動作をする。中空でゆらめく黒髪が、堕天使の翼を思わせた。変化は、滑らかに、それでいて急激に起こった。『美弥』の漆黒の髪が、白銀の輝きを取り戻し始めたのだ。
 開いた目には、変わらぬ闇が宿っていた。交差させた両手の先にあるのは、呪符。
「この後に及んで、真似事などが通じると思っているのか?」
 嘲笑している。声の調子で、手に取るように分かった。
 真似事かどうか、試してみてはいかがでしょうか? そう、唇が動く。両腕を左右に大きく開き、合わせて呪符を放った。白銀の『美弥』を球状に包んで、鋼鉄の盾が十二現れる。
「この流盤に破れぬ結界など無い。まして、ただの鉄屑など、笑止千万!」
 竜巻は、音と同時に視界も奪っていた。肉眼のみならず、精神の目さえ何も見えない。何処から攻撃されるのか、直撃の寸前まで分からないのだ。流盤の言う通り、盾は何の役にも立たない。それでも、宙に佇む巫女は、微笑む。
「己の愚かさを呪って死ねぃ」
 背後からの殺気。それを感じて振り返る。接近スピードが速い。振り返りざまに、更に十枚の呪符を放つ。十枚の呪符は、二枚枚一組で十字に重なり、五芒星を描く。光の壁が現れた。
 壁にぶち当たった殺気は、四散した。
「やはり」
 そう動く唇に、未だ微笑みはあった。殺気の正体は、ただの突風。この圧倒的状況でも隙を作らせ、そこを狙う。陰険極まりない。人間なら、友達少なそうな奴だ。
 盾の砕ける気配。真下だ。もうすぐ、美しき肢体が真っ二つになる。
 なにごとか、呟く。
 球状の空間を作るように、両手の指先を合わせる。
「何だと?」
 声が、真下から聞こえた。ヒトデのように蠢くものが、数枚の呪符に縛られていた。
「盾の裏に、更に数枚の呪符を隠していたのか」
「盾が破れると同時に、縛の呪がかかる仕掛けです。いくら素早く、所在の知れない貴方でも、私を攻撃するためには、どうしても盾を壊す必要がある」
「してやられた、と言う訳か。しかし、忘れてはいまい。私に破れない結界は無い。外側でも内側でも同じ事」
 ヒトデは、たちまちに硬質の円盤に変わり、高速回転を始めた。
「ええ、忘れてなどいません」
 数秒で、結界は焼ききれた。再び迫る刃。
「消えなさい」
 言葉が紡がれ、振動が音速で伝わる。いつの間に、漆黒の黒髪に戻った『美弥』の口を中心に、同心円状に広がる音。霊力の込められた言の葉の波に触れた部分から、流盤は消失した。
「私はただ、邪魔な竜巻を消したかっただけです」
 結界に本体が捕らえられた時、力の供給源を断たれた竜巻は消滅していたのだ。
 地面に舞い降りる。ぐらりと、身体が傾いた。髪と、今度は瞳も、それぞれ白銀と碧の輝きを取り戻していく。エリスは地面に突っ伏すように倒れ込んだ。何がなんだかわからないが、身体が酷く疲れていることだけは確かだった。
 



「斧を持ち、木を切り倒して森を切り開く。金は自然を支配せんとする意志です」








「最後に、『水剋火(すいこっか)』。水は火を消す。故に水は火に勝つ」




「でもあれだろ、雷と風が同じ『木』なんだから、数が合わない」
「勇気と忍で『土』を相手にして、『美弥』さんが『木』の雷と風を相手にすることになるわね」
「土の震岩には忍さん、『美弥』さんには、風の流盤を相手にしてもらいます」
「僕があぶれた」
「雷の雷裂が残ってますね」
「じゃあ、『木』対『木』?」
「そうなるな」
「そうしたいのはやまやまなんですが、火の焔斬が勇気君を狙ってくるのも確実なのです」
「ああ、なんか因縁があるみたいだった」
「火と木は、『木相火(もくしょうか)』。木から見て火は『相気』で、相手にますます力を与えます。火から見て木は『老気』で、相手を衰弱させます。ま、木は火で燃えますからね」
「だめじゃん」
「はい」
「どうするの?」
「諦めて頂きます」
「へ?」
「……今度は俺があぶれたようだが」
「ちょっ―――」
「貴方には、木の雷裂を。こちらも『水相木(すいしょうもく)』であまり良い相性ではありませんが」
「無視かい」
「……構わない」
「そう仰ってくれると思っていました。他の方々はさっさとけりがつくと思いますので、速やかにお二人の援護に廻ってください」
「さっさと……?」
「つくのか、勝負が?」
「さあ?」




「ここだけの話。貴方も相性はいいのです」
「?」
「何故かは分かりませんが、貴方の髪の色は白。何より貴方は水の三態の内、氷しか操れない。氷や雪の色も白です。白は金気。貴方は水気と金気を持ち合わせていらっしゃいます。十二支で言う申(さる)の気に似ているのですが…… 『金剋木』、呪術系の力を中心に使えば、勝てます」
「……相性など関係ない」




「ケケケケケケケ。死ネ」
 一刀の下に、雷裂を切り捨てる。驚異的なスピードではあったが、竜崎に比べるとスローに見える。
 怪鳥の死骸は、ぴくぴくと痙攣を起している。もう何度も目にした光景だ。
 爪のように引っ付いていた魔爪、雷裂。それ目がけて、槍を下ろす。もう何度も繰り返してきた動作だ。
 ただ、今までは相手がバケモノではなかった。




「何故、氷か。それは、俺の心が凍っているからだ」
















 そんなこんなで皆さんが次々に勝利を挙げるなか、一人大苦戦している人間がおりました。

 名を竜崎勇気。

 対するは六影衆筆頭、焔斬。

 相性が良くない。とかそう言う問題のレベルではない。

 一応いっとくが、勇気にやる気が無い訳でもない。

 どう言う訳なのか? ご本人の台詞を引用して見ましょう。





「こいつ、仲間が倒れる度に、」




「強くなり続けてやがる」




 この台詞と相前後して、底冷えのする高笑いが不毛の大地に木霊した。




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