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第6話「大地の少年、荒ぶる」(中編)

 久遠の都、『光建』の北北東に位置し、まわりを険しい山々で囲まれた自然の要塞都市、全世界のほとんどの鉱物資源が採掘される、無尽蔵な鉱脈を持ち、久遠の各主要都市防衛にあたる優秀な人材の育成の場でもある、『四神公』アインス=ウォルフが治める武人の聖地、

『軍』(いくさ)の都、『武魂』(ぶこん)

しかし、その役割はそれだけではない。

 いまだ、人が初代竜帝による統一を見ていなかった悠久の昔より、この地に根をおろし、自然とともに生きることを選んだ人々、『タキト』の民。彼らは、後に竜帝より遣わされた初代『玄武公』による統治を拒否し、激しく抵抗した後、破れて北方に逃れていった。もともと遊牧民族であった彼らは、その地で瞬く間に勢力を取り戻し、幾度と無く玄武公領に攻め入った。歴代の玄武公により何度も撃退されたものの、彼らは自らの『聖地』を取り戻すべく、戦いつづけている。彼らの侵入を阻み続けることが、首都でありながら、領界線上に位置する防衛都市『武魂』のもう一つの役目である。

















「酋長!!」
ぱっと見、盗賊とも見えるような格好の青年が、テント内に走りこんできた。
「どうした」
落ち着いた声で答えた青年も、同じような格好だが、その風格は、この誇り高い一族の長としても余りあるほどである。同世代であろう二人の青年の間には、どうしようもない『格』の差が見て取れた。
「『大地を駆ける竜』が――――――
「ガイがどうかしたのか!」
その落ち着いた声が、多少、焦りの色を見せる。
「単身、乗り込んでいったようです。つい先ほど、『ゲンブ』から確認の通信が入りました」
「できるだけはぐらかして、時間を稼げ!」
「既にそのように」
「いいだろう。それで―――誰も気がつかなかったのか?」
「すみません。見張りの二人は眠らされていました」
「スグの葉か。あれほど気をつけろといっていたのに」
「申し訳ありません」
「もういい。起きたことはしょうがない。それより、俺の馬の準備を」
「どちらへ?」
「知れたこと。あの馬鹿な弟を連れ戻す!」
「酋長が、自ら行かれるのですか?!」
「当たり前だ。他の誰が暴走したあいつを止められるのだ?」
「そうでした。――――それで、もう一つなのですが」
「なんだ、まだあるのか」
「はい」
「言ってみろ」
「―――『大地を駆ける竜』のテントの近くで大地の一部が」
「ああ、穴ぼこだらけだったんだな」
「はい」
「分かった。気をつけよう」
「ご無事で」
「ああ」

















「――――と、そう言うわけでござってな」
「近頃はずいぶん平和的な態度を取るようになった。と思っておりましたが、やはり、野蛮人に話し合いなど無理なのですね」
麗子の口調は、丁寧な中にもはっきりと侮蔑の感情があった。
「新しく襲名した酋長が、なかなかの好人物でしてな。まだ若いのにこのわしと対等に話しよる傑物でござる。あの好青年がこのような軽挙妄動を起すとは、いまだに信じられませぬ」
「所詮、野蛮人は野蛮人ですわ。いいでしょう。私達二人がその鉱山へ行って、その馬鹿な野蛮人を排除して差し上げますわ。玄武公様はどうやら、まだお信じになりたいようですし、部外者の私達がやれば、また再び話し合いの機会も持てましょう?」
勇気は先ほどから、会話に着いて行けていない。北方の騎馬民族がどうのこうのと言われても、予備知識がないのだからしかたない。ただ、麗子がことさらに『野蛮人』と連呼するのが、どうにも不快だった。
「そうしてくださるのは有難いのですが―――」
玄武公は、迷っているようだった。
「止めても無駄ですわ、私、決めたことは決して曲げたことが無いんですの。お爺様に似て『頑固モノ』なのでしょうね」
多少、笑うようにするが、眼は笑っていない。ついに、玄武公が折れる。
「しかたござらぬ、では、お願いいたそうか」
さしもの、百戦錬磨の老将もこのとき、麗子があまりに過激な発言をしたのが、単にストレスがたまっていたため、とは気づかなかった。

















「あの馬鹿が!」
『蒼き月のヤムン(酋長)』は、全速力で走っている馬の背中で憤っていた。
――今までの自分の苦労を何だと思っているのだ。一族の血をこれ以上流さぬため、彼が思いきって始めたゲンブとの話し合い。交渉は、これからが山場なのだ。
 彼は、一族の中でもトップクラスの戦士であったが、基本的に読書が好きな物静かな青年だった。本は彼にさまざまなことを教えてくれた。政治、経済、社会、歴史。彼は広い世界を知った。そこでの人々の生活を知った。彼は、自分の一族と、他の人々に何ら違いは無いことを悟った。同じ人同士が争うことに意味があるのか?確かに、彼らは自然をないがしろにしがちだが、そんな状態に批判的な人々もいる。ただ戦うだけでは、何も解決しない。それが結論だった。
 そして、一族を離れようかと考えていたとき、先代であった父が倒れた。
 父が最期の時に、指名したのは、大方の予想を裏切って、熱血漢の弟ではなく、自分だった。父が何を考えてそうしたのかは分からない。もしかしたら、自分の考えを薄々感づいていたのかもしれない。
 とにかく、自分の考えを皆に話した。弟は激怒して途中で出ていってしまったが、一族の長老達は、賛同してくれた。
「来るべき時が来たのだよ。これも大地の思し召しだ」
 それからは、がむしゃらだった。
 ゲンブあての書状はもはや数え切れぬほど書いたし、忌むべき文明の力、通信用の機材もなんとか手に入れた。単独でゲンブとの会談に臨んだのも一度や二度ではない。死ぬような目にあったこともある。しかし、それも後少しで報われる。
 そのはずだった。
「チクショウ!なんてことしてくれたんだ!!!」
彼は、一族の前では決して言わないようなことを、誰もいない草原に叫んでいた。

愛馬で疾走する彼の周りに、ほのかな黒色の光が舞っていた。

















「ここね」
目の前には、目的の採掘場が見えてきている。
作業用のトロッコに乗って、いつもどおりふんぞり返っている麗子。お世辞にも様になっていない。トロッコと言っても、タダの車輪の付いた箱である。ただでさえ狭いのだ。仕方なく勇気はへりに腰掛けて、先ほどから悲鳴を上げているぽんこつモーターをいじっている。
「言っとくけど、僕は本調子出せないんだからな」
玄武公から借りた細身の剣で、モーターを小突いている勇気。
「だから?」
「自分で言い出したんだし、自分でやれよ」
彼にしては、かなり不機嫌な様子である。
「あら、そんなこと言ってていいの?か弱い乙女を危険な戦場に立たせて、自分はなにもしないっていうのかしら?」
「誰が、か弱いって?」
「―――そんなに死にたいの?」
「うっ…」
麗子の殺気が、『奥義』の発動レベルに達したので、勇気は黙るしかなくなった。
「分かったよ。やりゃあいいんだろ」
(その勢いをどうして僕にばかりぶつけるんだ?影に対してもそうやりゃあいいのに。)
そんな青年のつぶやきは、無論、永遠に音声化されることは無い。
「よろしい。でもね、私もなんか久しぶりに暴れてやりたい気分なのよ。だ・か・ら・私が適当に遊んだ後をお願いするわ」
思わず苦笑いをする。麗子の目的はストレス発散だと、ようやく気づいた勇気だった。
「へいへい、後始末でございますね?お嬢様」
精一杯の皮肉を込める。しかし、何故か反撃は来ない。

お嬢様、といわれた麗子の頬が、わずかに紅潮しているのに気づくような勇気ではなかった。

















「あんたね、この岩っころたちを操っていたのは?」

 数時間後である。たどり着いた採掘現場で、勇気たちを出迎えたのは、予想外なことに空飛ぶ岩石の群れだった。一瞬『影』かとも思ったが、飛び掛ってくる様子を見ると、どうやら、『力』で操られている。力の源を探ると、驚いたことに相手は一人であるらしかった。大勢の人間相手に大立ちまわりを予定していた麗子は、肩透かしを食らって傍目にもがっかりしていた。が、すぐに思いなおしたらしく、相手が無生物なのをいいことに、大暴れしたのである。それはもう、地獄の悪鬼夜叉でもここまでではあるまい、というくらいのもので、近くにいた勇気までも、危うく真っ白に燃え尽きるところであった。麗子は全身に文字通りの『怒りの炎』をまとい、あたりを火の海にしていく。
「この私が通るってのに、どうしていちいち許可が無きゃいけないのよっ!!!」
 案外、根に持つタイプのようだ。左手の杖から炎の玉を打ち出し、右手は火炎を纏って直接殴りかかる。
「死ねえぇぇ、白虎の変人オヤジぃぃぃぃ!!」
 それと、どうやら、これから会う予定のもう一人の四神公『白虎公』が、死ぬほど嫌いらしい。どんな、人物なのだろうか。たしか、『金の亡者』とかなんとか。右手の炎が一段と輝き、麗子の2倍はあろうかという巨石を一撃の下に粉砕する。
 そうこうしているうちに、あらかたの岩石は、砕け散ってしまっていた。
「ハア、ハア、―――」
 肩で息をする麗子。その顔には多少の充実感と、あまりに大きな疲労感が見て取れる。あまり、ストレス発散になったとはいえないようだ。
 結局、勇気の出る幕はなかった。というより、自分の身を守るので精一杯だったのである。無論、麗子の炎から、である。

















一人の少年が現れたのは、そんな状況だった。

「貴様らか!!小さい咒鬼たちを壊したのは!!!」
勇気から見ると、いや、麗子と比べても小柄である。声の調子は激しいが、どこか幼さを感じさせる。ぼさぼさの頭に黒のバンダナを巻き、どこかの盗賊みたいな灰色っぽい服を着込んでいる。激情を宿したその瞳は、しっかりと相手を見据えている。普通の人間なら、その迫力にただただ圧倒されるだけだろう。
「大地の声を聞かぬ不届きものめ!この上、聖なる使命を受けた俺の邪魔をするか!!!邪魔をするなら容赦はせぬ。帰って『ゲンブ』に伝えろ!!!!この地は我ら『タキト』の母なる聖地、これ以上汚すことは許さぬと!!!!!」
 しかし、今回の相手は、ぶちきれモードの麗子であった。そんな相手のことはお構いなしに、一方的に喋りまくる。
「あんたねぇ、分かってんの?ここの兵隊は、あんたぐらいの能力だったら数時間で押さえられるのよ!それをしないのはひとえに玄武公の叔父様のお情けじゃないの!叔父様はね、まだ、あんた達みたいな野蛮人との話し合いなんてのを望んでらっしゃるのよ。だいたい、一人っきりで乗りこんでくること事態異常よ。普通に考えたら分かりそうなもんじゃないの。あ、分かったあんた世に言う『単純熱血バカ』ね!どうせ、誰かにたきつけられたか、自分達の悪口でも聞いたかしたんでしょう?」
「何を…」
「図星ね、図星。だいたい、高度な外交問題に精神論だけを振りかざすなんてナンセンスよ!!そりゃあ、自然は大事でしょうよ。動植物も大切にしなきゃいけないわ。でもね、それだけじゃあ生きていけないのも事実よ。事実を事実とも受け止めずに、ただただ理想論を振りまわすなんて、ちょっと知識があったら、恥ずかしくてできることじゃないわ!!だから、野蛮人は嫌いなのよ!!!」
「人を野蛮人、野蛮人と…」
「あら、いけなかったかしら?でも、あんたみたいなのが―――――

「咒鬼!!!!」

 麗子の言葉を遮る叫びとともに、少年の立っていた地面が盛り上がり、少年を押し上げていく。その盛り上がりは、やがて人のような形を取り始める。
 さっきまでの勢いをそがれて、麗子は不機嫌そうだ。勇気は、ただただ呆然としていた。
 地面の盛り上がりが10メートルを越そうかというくらいになって、『それ』は、その姿をはっきりとあらわした。岩の巨人である。ごつい胸板、太い手足。ボディビルダーのチャンピオンの筋肉を3倍にしたような姿である。勇気は、某有名RPGに出てきた「ゴーレム」を連想した。
「あら、口じゃ勝てなくなったからって、力に訴えるのね。野蛮人らしいわ」
 心なしか、麗子の声が震えている。
「うるさいぃ!!このような侮辱、俺は貴様らを断じて許さん!!!」
 少年は、巨人の右肩のところにたって、左手で巨人の耳に掴まっている。
(貴様らって、僕も含まれてんだよね。僕は、まだ何も喋ってないんだけどな…。)
「はあ…」
 ため息とともに、勇気が前に出る。麗子はさっきの大暴れでもう動けないらしい。口は達者だったが、感覚で分かっていた。
「なによっ、私の華麗な活躍を邪魔する気!?」
なおも強がる麗子に、勇気は笑って言った。
「お姫様、たまにはナイトにも出番を下さいな」

















――――――麗子は、赤くなっていく自分が不可解だった。

















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