愛馬に乗り、それこそ全速力で駆けつけた青年は、信じられない光景を目にする。
「ええぃ、ちょこまかと!!!」
「―――残念、はずれだ」
彼の部族で、最強の術者であるはずの彼の弟が、苦戦している。しかも、相手の青年は剣一本なのである。疾風迅雷の如く、青年は岩の巨人を翻弄し続ける。彼『蒼き月のヤムン』は知らないが、その青年は、異世界から召喚された人間で、もともとはこんな芸当ができはしなかったのである。この世界に来てから、彼は目覚しい勢いで成長していた。彼が、召喚される前から武道をたしなんでいたとは言え、それは、常識はずれと呼べるものだった。
サイドステップで右へ逃れたかと思うと、
次の瞬間には、
逆の左側へ身を翻す。
一瞬にして巨人の懐に飛び込むと、
その足に鋭い一撃を食らわせ、
股の間から背後に回る。
振り向く巨人の胸元に、
信じられない跳躍力で迫り、
剣を突き立てる。
無論、剣は弾かれるが、巨人の体にも損傷が見られる。
大きくのけぞった巨人の肩でバランスを崩しかけている弟の眼は、もはや平常心を失っていた。
「いい機会だな。わがままな奴にはお仕置きが必要だ。ここは高みの見物か」
彼の心配とは、けして弟が傷つくことではない。これ以上「ゲンブ」との関係が悪化するような事態のことである。つまり、弟が「ゲンブ」の人間を害する、と言うことである。多少薄情かもしれないが、そうさせるだけのことを、彼の弟、勇者の名『大地を駆ける竜』を持つ戦士、ガイはしてきたのだ。
彼は、数十メートルの崖の上から、まさに高みの見物を決め込むことにした。
「うおおぉぉぉぉっ!!!!!」
ガイの叫びとともに巨人が唸る。途端に、あたり全体が激しい地震に襲われた。いや、意思を持ったかのように、大地の岩石、小石、砂、全ての無機物たちが、浮かび上がったのだ。彼は、怒り心頭に達すると、近くの鉱石物全てと同調して暴走する、という困った癖があるのだ。地面は、どうやら唯一操れないらしい粘土層を残すのみとなっている。麗子はふわり、と中に浮かんで避ける。
「ちょっとやっかいだなあ、これ」
ぶつくさ言いながら、勇気は剣を正眼に構える。半眼にした眼が、ゆるゆると何かを探すように動く。彼の感覚が『道』を捕らえた。その間、1秒に満たない。
「めっけ」
瞬時に動く。
『力』を足に集中する。バチバチッと言う放電現象とともに、彼は稲妻のように駆け出した。スピードのことだけではない。その動きもまさに稲妻だった。押しつぶそうとする岩、弾丸のように襲いかかって来る小石、視界を遮り目潰しをはかる砂、それらを無茶な角度でジグザグに蛇行しつつ、それでも速度を落とさずにかわして行く。勇気が、巨人の肩の少年にたどり着くまで、10秒もかからなかった。
「まずいな」
10秒前。
勇気が構えた瞬間、ぼそっ、とつぶやくと、若き酋長は遥かな崖の下へと跳躍していた。
カキンッ
少年、ガイは唖然としていた。
怒りに任せて戦っていたこともあったのだろう。反応することができなかった。敵は彼の目前まで、信じられないスピードで迫った。振り上げられた敵の剣が、彼に死を予感させた。
しかし、その剣は彼に届くことはなかったのである。
「遅いな。危うく人殺しになるところだったじゃ無いか」
「やはり、気づいていたか。本当はこんな奴、君に殺されても構わないんだが、さすがに実の弟を見捨てるのは、母なる大地に申し訳がたたんからな」
彼の目の前、巨人『咒鬼』の肩の上で、二振りの剣がかち合っていた。一方は先ほどの敵のもの、そしてもう一方は、彼がもっとも敬愛していた戦士であり、そしてもっとも嫌悪していた指導者、兄のものだった。
「あ、兄者……」
「弟かぁ。大変だな」
心の底からの同情の声に苦笑を禁じえなかった。
「まあな」
その声を合図にしたかのように、双方がさっと離れる。
「俺の名は、オウガ。『蒼き月の酋長(ヤムン)』だ。君は?」
「僕の名は、勇気。竜崎勇気だ」
再び見える、剣と剣。直線的な勇気の動きを、流れるような剣さばきで受け流すオウガ。
「リュウザキ・ユウキか。戦士の名はないのか?」
くるりと身を翻し、勇気のわき腹に剣をたたきつける。
「あいにくそんな洒落たものは持ってないなぁ。あっ、でも『送料の店員』とか言うのがあったな。よく分かん無いけど」
相変わらず人の話をよく聞いていない勇気は、すんでのところで飛びずさってかわす。。
いつの間にか、巨人はその姿を消し二人は地面に立っている。オウガの後ろではガイが、勇気の後ろでは麗子が、ただ、呆然と二人の会話を聞いていた。二人の会話はまるで、久しぶりに出会った旧友のようだった。
「そのような名は、聞いたことも無い。第一響きが悪いな。よし、俺がつけてやろう。……そうだな、『天高く轟く刃』というのはどうだ?」
脳天をかち割るように、振り下ろされた勇気の剣を受けるオウガ。
「いいね。『店員』なんかより、よっぽどいい」
(違うんだけどなぁ。)←作者
そのままの体勢から繰り出されるオウガの蹴りをかわしつつ、間合いを取りなおす勇気。
のほほん、とした会話と、切迫した決闘が続く。
「ちょっと、あんたたち!敵同士が戦闘しながら、にこやかに語らってていいの?!」
ガイと違い、精神的ダメージの無かった麗子がいち早く復活し、二人の会話に割り込む。
「まあ、そう言うなよ。この人はどうやら、あの子を連れ戻しに来たようだし」
麗子の目の前を横切るように、後ろ向きに飛びすさりながら、平然とした様子で言う勇気。
「なんでそんなこと分かんのよ!」
「んー、なんとなく、かな?」
勇気の感覚は、確かなものだ。ただ、本人が『なんとなく』などと言うから誤解を招く。
「なんとなく、ですって?!あきれてものも言えないわ!!!」
さらに、麗子が続けようとしたとき、麗子と勇気の漫才を不思議そうに聞いていたオウガが、突然剣を収めて言った。
「この娘は、ユウキの嫁か?」
「なっ…………、そんな訳ないでしょ!!!」
「今んとこのパートナーかな?」
なぜか狼狽する麗子。オウガと同じく剣を腰の鞘に収めながら、あくまで冷静に答える勇気。しかし、勇気は選ぶ言葉を間違えたようだ。
「なに勘違いするようなこと言ってんのよ!!!!!」
真っ赤になる麗子。何か思わせぶりな視線を勇気と麗子に送るオウガ。何も分からず頭の上に『?』が山ほどついている勇気。
(う〜ん。なんだかなぁ。)←作者
「あ、兄者」
ガイは、ただただ兄を見つめていたので、今の状況を分かっていない。ただ、自分を連れ戻しに来たであろう兄にこのような失態を見せて、なんと言おうか迷っていた。
ガツン
オウガは、何も言わずに頭のてっぺんに拳骨を見舞った。
「あうっ」
あっけなく、ガイは意識を失う。オウガは手馴れた手つきでひょいとガイの体を担ぐ。一族最強の術者であってもまだ少年、その体は意外なほど軽い。
「それでは、俺はこの辺で失礼するよ」
そう言うと、ピー、と口笛を吹く、程なく彼の愛馬が現れた。
「また会おう、ユウキ。今度はもっとゆっくり話したいな」
ひらり、と鞍の上に飛び乗る。麗子は、まださっきの混乱状態から抜け出せていない。いつものわがまま女王もかたなしだ。その様子をちらりと見てから、力強く手綱を握る。
「お前も苦労するな」
意味深な発言も、勇気の『?』を増やすだけのようだ。
「またな、酋長さん」
「オウガでいい。また会おう、ユウキ」
オウガの愛馬は、一度高らかにいななくと、元来た獣道に消えていった。残された勇気は、こちらに来て初めてできた友の消えた方向をぼけっと見つめていた。
その後ろでは、麗子の混乱状態がまだ続いていた。
「お嬢様、とか、お姫様、とか言うから調子が狂うのよ」
「なによ、何が『ナイト』よ」
「どうやったら私があいつの『嫁』に見えるってぇのよ」
「ほんと、野蛮人なんて信じられないオツムしてんのね」
「だいたい、おじいちゃんがいけないのよ」
「あんな奴とかわいい孫娘を二人きりで旅させるなんて」
「そりゃあ、あいつは重要人物よ」
「だからって、なんで私が…」
「あいつは強くなったのよ。もう、私が護衛するまでもないじゃない」
「今回だって、最後はあいつにおいしいところ持ってかれちゃったし」
自分が、後先考えずに暴れられたのは、心の奥底で勇気を信頼し頼っていたからだ、と麗子が気づくことは、当分無さそうだ。
(なんだかなぁ。)←作者
しばらくして、『タキト』のヤムンからの謝罪と、それを受け入れる旨の玄武公の声明により、事態は終息し、武力紛争は回避された。多少の反対意見もあったものの、玄武公の決定に逆らうものは存在しない、と言うことだ。
鉱山の運転再開を待って、勇気たちは目的の鉱石『竜の鱗片』を手に入れた。
しかし、麗子はちっとも嬉しそうではなかった。
そう、次の目的地には、
彼女の大嫌いな、
『金の亡者』が待っている。
のである。(合掌)
「わての、どこが金の亡者や―!」
(う〜ん、もっとシリアスに行きたいのに…。)←作者