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第10話「時空渡り、奏でる」


「第3、第6、第9、第10、第11時空係数の急激な変異を検知しました」

「竜王の言上げ、封じられました」

「時空渡りと竜王との接触を確認」

「氷竜子との交戦に入ります」

「氷竜子の『水』『金』の値が上昇しています」

「金剛翼展開。氷竜子、セラフィムモードに入ります」

「システムUより、ダイレクトアラート。第1時空係数が変調しています。任意事象の出現が予想されます」

「主任、天逆矛(アメノサカホコ)の起動確率、30%を超えました」

「観測が途切れても構わない。時空波動による干渉から、研究所の隠蔽障壁を死守せよ」

「了解。補助障壁を展開します」

「干渉予想、算出完了しました」

「時空、湾曲します」

「相殺波動を発生させます」

「時空波動、隠蔽障壁に干渉します」

「98%の相殺に成功しました」

「補助障壁を損傷箇所に集中します」

「障壁の修復を開始します」

「隠蔽障壁、通常状態に復帰しました」

「継続干渉は、認められません」

「天逆矛であれば、一瞬の干渉で済むはずが無い。観測を再開、出現した任意事象の特定を急げ」

「観測に復帰します」

「時空渡り、重層次元存在に変化しています」

「任意事象、特定できました。これは、楽器!?」








 天使と対するのは悪魔と相場は決まっているが、ダイヤモンドの翼を広げた死の天使と対峙しているのは、半透明の幽霊であった。突きつけられたナイフから、空間跳躍で抜け出したロバート卿である。
 ロバートの背後が、透けて見えるのである。
「最初から全力ですか? 冗談キツイなぁ」
「その姿、その力でよく言う」
 フレッドの言う通り、ロバートの半透明な身体からは、ただならぬ気配が漂っていた。隙だらけにみえる構えも、ゆるやかに微笑む表情も、その手にあるものも、全てが現実離れした世界を構築していた。
 幽霊の手には、木の葉の形をした木製の箱があった。四本の弦が木の葉の柄から、中央部にかけて張ってあり、箱には二つのf字の穴が空いている。
 ヴァイオリンと言う名の、弦楽器である。
 死の天使フレッド=ホワイトは、おちょくるようなロバートの口調を無視し、再度問うた。
「今一度問う。お前は闇か」
「今は、YESとお答えしましょう」
 爽やかに笑いながら、ロバートが答えた。エラく陽気な幽霊である。
「気に入らん。が、今は十分だ」
 世界が滅亡したかのような仏頂面のフレッドが、槍を構えた。エラく陰気な天使である。
「闇は斬る」

「決めつけはいけません。僕を殺してなんになります?」

 ひょうと風を切る音がして、横薙ぎの槍はかわされた。『跳んだ』わけではない、幽霊は、いつの間にか、かわしていたのだ。幽霊は、ポロロンと、ヴァイオリンをギターのようにかき鳴らした。
「憎しみは憎しみを生み、殺戮は殺戮を生む。あなたの行動は、悲劇の螺旋を加速させるだけです」
 また、ひょうと風を切る音がした。
「妹さんを守るためですか? こんなことで妹さんが喜びますか?」
 ひょうと音がした。
「問答無用ですか。嫌いじゃないですけど、ね」
 ひょう、ひょうと続けて音がした。
「あなた、いつまでそうやって自分を責めつづけるのですか?」
 ひょう。
「大昔にお会いした時、あなたは聡明で優しい青年だったのに」
 ひょう、ひょう、ひょう、ひょう。
「ま、責任の一端は、僕にあるわけですから、今更何もいえませんが」
 ひょう、ひょう、ひょう、ひょう、ひょう、ひょう、ひょう、ひょう。
「少々意地悪な謎かけでしたかね」




ひょう。




「怖いなぁ」
 ポロロンとヴァイオリンが鳴った。
「僕を殺しても、なにも変わりませんよ」
 風切り音は、鳴らない。
 両者は、間合いを取りなおし、静止した。
「俺にできることは、これくらいしかない」
 ポロロン。
「それでも、無意味です」
 ポロロン。
「例え無意味でも、俺は闇を斬る」




ひょう。




「その悲壮な決意にしては、切先に迷いがある。やはり、貴方は優しい修羅ですね」
 普通の人間には、分かるはずも無い、ミクロン単位の迷いであるのだが。
「すみませんが、今回は諦めて下さいよ」
 ロバートの手には、ヴァイオリンの弓があった。ヴァイオリンの筐体をあごの下にはさみ、ゆるゆると弓を置く。燕尾服とあいまって、熟練の音楽家を思わせるような、堂々とした姿である。
 隙だらけなのに、フレッドは動かない。動けない。








ザン。








 幽霊は、ヴァイオリンの四本の弦を一気に鳴らした。
 発生した波動が、時空と共鳴し、分解された光が、虹色に変化する。
 空間が、微細な素粒子と素粒子の間に存在する無が、揺らぐ。
 時空渡りが、時間と空間を「奏でた」のだ。

 一定の意志を持った時空のメロディが、フレッドを襲う。
 ダイヤモンドの翼だけが、瞬時に粉々になり、『力』だけが、波動にさらわれるように急激に減衰した。

 一撃で、たった一撃で、
 事実上の久遠最強の座が入れ替わった瞬間であった。

 羽をもがれた天使は、微動だにできない。

「あわよくば、王様を誘拐して身代金をがっぽりもらおうと思ったんですけどね。ま、久しぶりの友人に会えたし、今回はこのぐらいで失礼しますよ」

 事態を静かに見つめていた少年王と老臣に向かって、ロバートは会釈した。
 燕尾服で、爽やかに笑う。
 半透明の幽霊は、この後に及んでまだ微笑んでいた。

 消え際、ロバートは、なおも殺気と闘志を消さないフレッドに向かって、笑いかけた。

「ああ、そうそう。貴方の大事な妹さんは、闇の者ではない、ある信頼できる方にお預けてしていますので、ご安心下さい」

 ロバートの満面の笑みに対して返されたのは、背筋が寒くなるほどの憎悪の眼差しであった。
















保守的な人々は、変化を嫌う。
常に今の状態を保とうとし、変化をもたらすものを悪として排除する。
故に、世界に急激な変化が起こったときに、正確な現状把握ができない。
それが必要な変化であると、理解できない。
平和ボケの弊害である。

理解できない事象に出会ったとき、人間は、大抵それを「理解できる形」に変換すると言う作業を行う。
例えば、自分たちの君主が思想の大幅な宗旨変えをした場合、保守的な家臣たちは、自分の君主の「気が狂った」と見なす。
「悪魔や物の怪に憑かれた」との表現をとることもある。
別の王位継承者を担ぎ出すなど、家臣集団に君主に対抗する手段があれば、君主ご乱心による王位交代となる。
君主の力が強大であれば、密かに国を出るか、ただ卑屈に従いつづける道を選ぶ。いつか英雄が現れ、正しき道に戻ることを願いながら。

朱雀公代理、北条麗子の変容ぶりが保守的な家臣たちに与えた衝撃が、まさにそれであった。
保守的な家臣たちは、例に漏れず妄想に取りつかれた。
「麗子様は、悪魔に取りつかれた」
悪魔に比定される人物が、麗子の変容の引金となった、エリナ=イスラーク女史である。
「あの女は、西の魔女だ」
もっと酷いのになると、
「闇のように真っ黒な僧侶を使い魔にしているのだ」
という、胡散臭い話まで出る始末である。
だが、胡散臭い妄想話と片付けられない部分もあるのだ。

目撃証言があるのである。

深夜の巡回にあたっていた兵が、人気の無い朱雀公公邸の庭に、闇に沈むようにしてたたずむ僧侶を見たという。
居残って雑務に当たっていた事務官が、窓の外を横切る僧侶の姿を見たという。
黒き僧侶の目撃例は、明らかにエリナ=イスラークが使用する来賓用の部屋付近に多いのである。
そして、目撃者のほとんどがその後、病に倒れる。
まるで、瘴気に当てられたかのように。

麗子の耳にも、報告は上がっていた。
しかし、彼女にとってそれは、自分とエリナの動向を探る、敵側のスパイでしかなかった。
そのスパイは、麗子に感づかれたことに気づき、直後姿を消したと、麗子は認識している。
目撃報告が、ぱたりと止んだからである。




麗子は、主体と客体を間違えていた。
目撃報告がなくなったのは、
「目撃される側」
に変化が有ったのではなく、
「目撃する側」
に変化が有ったからである。




すなわち、朱雀に直接仕える数百の官僚たちが、全て、黒き僧侶の存在に疑問も、少しの違和感も持たなくなっていたのだ。
聞く耳を持たない麗子への、諦めではない。

官僚たちは、黒き僧侶の正体についても、エリナ=イスラークの目的についても、把握していた。
それ対して、すべきことも心得ていた。
だが、彼らは、自分で自分を制御できなくなっていたのだ。

恐怖や現実逃避ゆえではない、まして、感情の昂ぶりゆえでもない、彼らは感情すら、制御される存在になってしまったのである。

エリナに額を触られただけで。
















どうも、主人公です。
はい、竜崎勇気です。

突然ですが、クイズです。
僕は、現在どこにいるでしょうか?

普通なら戦場にいて、大活躍なんだろうけど。

シノブさんが蒼月衆の暴走気味の人たちをのしていた時、僕とリュートは、まだ埋まっていた。
そう、土の中に。
上空から、制御を失って思いきり地面に衝突した僕は、巻き上がった土砂と、自分が開けた鋭く深い穴に挟まれる形で、埋まった。
それはもう、見事に僕だけ埋まった。

実を言うと、現在も埋まっているのだ。
いや、マジで。

目が醒めた今、ちょっと息苦しい。

打ち所が悪かったのか、のびていたと言うか、寝ていたと言うか。
どこででも寝られる人の話はよく聞くが、我ながら、それとは次元が違う気がする。
さすが主人公、器が違う、と言うことにしといて下さいな。
もはや、扱いが主人公ではないという可能性もあるけど、この際深く追求しないでおこう。

さあて、どうしようか。
とりあえず、ここから出て、それから、
う〜ん。




なんとなく、南かな。




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