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第12話「天女、舞う」





 何から何まで赤い廊下。
 朱雀公公邸の来賓用区画の、やけに天上が高い廊下に、平然と麗子は現れた

「私の大事な客人に、何をするのですか!」

 同時に、こうも言った。

「この下郎が!」

 東方の島国の民は、北方の騎馬民族と同じく、蛮族として認識されている。だからこそ、暗殺や諜報など闇の仕事を生業とするものが多い。だからといって、蛮族の呼称に甘んじるような誇り無き民など、いるはずがない。

「例え六竜の生まれ変わりだろうとも、蛮族の出のお前などの来るところではない!」

 操られているだけではない。麗子の冷徹な目は、それが彼女の本心の一部であることを証明していた。

「ボクはともかく! ボクの故郷をバカにするな!」

 怒りのあまりだろうか。封印されていた本来の性格と口調が、解き放たれている。勇気の表情も、あからさまな不快感を表している。彼が元いた世界(つまり我々の世界)でも、同じようなことはある。だが、ここまで露骨ではない。まあ、表面に現れないだけ悪質なのかもしれないが。

「あらあら、はしたない言葉をお使いになって。いけませんわ」

 妖艶な作り物の笑みを絶やさぬエリナ。踊り子とも巫女ともつかない装束をはだけさせ、するすると舞う。その両手の扇がふわりと空気をなでる。
 人形と化した人々と麗子、勇気に囲まれた形の忍。激情にかられた忍に、もはや余裕は無い。

「そろそろ、終わりにしていいかしら?」

 どこからともなく、妙なる旋律が聞こえる。
 幻聴にしては、いやに鮮明に。だが、一体どのような楽器による音なのか判然としない。
 エリナがゆるゆると舞うのに合わせて、調べは抑揚をつけているようである。

 人形たちの包囲が、だんだんと狭まる。

「さよなら」

 くす、とエリナが笑った。忍は、自害を覚悟をした。




 そして、








 そして、 雷撃が人形たちを吹き飛ばした。




「伝説の勇者様を、甘く見てもらっちゃいけないぜ!」

 そう叫んだのは勇気である。エリナの支配から脱したようだ。

「忍って言ったな! その赤い娘を抑えてろ!」

 しかし、その体を支配しているのは、勇気ではなくリュートである。なおも立ち上がり向かってくる人形たちの神経組織を、雷撃で麻痺させ無効化する。

 エリナは、支配を取り戻そうと慌てた。そして、気づいた。
 自分の支配は、解けてなどいない。

「雷撃で、神経を介さず直接体を動かしているのか?」

「その通り! 春宮守護(とうぐうしゅご)が秘、勇心雷八閃(ゆうしんらいはっせん)、四手目『雷念(らいねん)』。相棒は無意識に使ってたみたいだが、俺が本家本元だ。反応速度は相棒の比じゃないぜぇ!」

 神経の伝達は電気信号である。それを直接雷撃で行うという、なんとも乱暴な理屈であるが、精神力による雷撃は、神経を伝わる電気信号よりもオーバーヘッドが少ないのも事実である。
 体の支配が、運動神経の支配であるなら、その運動神経を沈黙させ、別の方法で体を動かせば、その支配を脱却できる。これも大層乱暴な理屈である。

「そしてこれが勇心雷八閃、一手目!」




雷振(らいふる)!」




 右足を大きく前に踏み出したかと思うと、鞭のように両腕をしならせ、一気に一回転する。
 近くの敵をなぎ倒しつつ、広範囲に雷撃を放つ大技だ。
 広範囲攻撃であるが、その使い道はもっぱら相手への牽制、隙の誘発である。
 大規模な雷撃は、めくらましの効果もあるのである。




「もらった! 二手目、雷牙(らいが)っ!」




 めくらましの中から突撃をかける。雷をまとった突きの高速連撃である。
 ザコを牽制し、即座に大将を狙う。一手目と二手目の連携が、1対多数の戦いを常としてきた伝説の勇者の常套手段である。
 連撃は、壁ごとエリナを吹き飛ばした。

 壁の向こう側に消えたエリナを追って、リュートは来賓のためのダンスホールのような場所に出た。

「何発かは手応えがあった。どんな皮膚してんだ、あんた!」

 先の雷牙を、エリナは舞うように、否、舞いながら全てを流した。手応えはあったものの、一つとして直撃させることができなかったのだ。

「光の加護は、絶対よ!」

 たしかに、エリナには傷一つない。だが、ヒステリックに叫ぶ声には、あきらかに余裕がない。かわしきれず受け流した雷牙の「ごく一部」の威力は、直撃を許さぬほどに強烈なのだ。

「絶対なんぞありゃしない!」

 雷念で強化された運動性をフル活用し、一気に間合いを詰め、近距離から再び雷牙。

「神竜の旋律は、全てを無効化するのです」

 強がりである。かつて、神と戦った剣技が、神の加護ごときに負けるわけがないのだ。
 連撃は、かわしきれるはずもなく、間接の要所要所を狙った攻撃が、次々に叩き込まれていく。




「とどめの三手目ぇ! 雷刃(らいじん)!」




 青い石でできた両刃剣が、雷の刃をまとって、巨大化する。
 体勢が崩れたエリナに、真っ向から振り下ろされる。








 キィーン、と金属音が響いた。

 古びた錫杖が、リュートのとどめの一撃を受け止めた

「僧正(ビショップ)! なぜ!」

 それは、今まで黙して動かなかった漆黒の僧侶であった。雷撃の青白い閃光が、僧侶の土気色の顔を、白く照らす。

「お前は、わしが愛したわしの最高傑作じゃ。……例えどんなことがあろうと、お前の美しい顔に傷をつけさせはせん」

 雷撃の光を鈍く反射するその瞳に、輝きが戻っているわけではない。

「たとえ、我が命消え尽きようとも」

 僧侶は、涙を流していた。

「大した魂だよ。抜け殻でこれだけのことができるんだからな」

 僧侶も人形である。しかも、リュートのように裏技を使ったわけではない。
 それが、一時とはいえ、エリナの支配を逃れた。
 その「想い」たるや、想像を絶する。
 だが、今はどんな強い想いであろうと、かまってはいられないのだ。

「舞姫……」

 つぶやきと共に、僧侶は吹き飛ばされた。雷刃は、巨大な剣撃と、直後の爆発的雷撃の二段攻撃なのである。

「ああぁぁぁぁあっ!」

 エリナの声にならない絶叫。

「貴様!」

 今までの作り物の妖艶さはどこかに消し飛んでいた。

 それは大切なモノを傷つけられた怒りであった。
















 リュートがエリナと、壁の向こうに行ってしまった後。
 命令されたからではないが、忍は、麗子と対峙していた。

「訂正してもらうよ。ボクたちは『蛮族』なんかじゃない」

 未だ冷めない怒りが、低く抑えられた声からうかがえる。

「なら、『野蛮人』ね」

 冷笑。なんども見てきた、見下した冷笑。慣れたつもりだった。
 まして、相手は操られている。
 だが、侮辱に慣れるには、忍の魂は真っ直ぐ過ぎたようだ。

 操られているからこそ、その言葉は偽り無い本心。

 耐えられるはずも無い。

 無言で切りかかる。

「あら、言葉で勝てないと、途端に暴力に訴えるのね『野蛮人』って」

 火焔で機先を制し、杖で抑える。 忍の両手のクナイを、杖で受け止めた状態から、つばぜり合いのような形になる。
 いつかどこかで、自分より幼く直情的な少年に同じ台詞が吐かれたことなど、忍は知るよしもない。
 だが、反応は誰もが予想だにしなかった言葉だった。

「呼びたいように呼ぶといいよ! だけど勇気様を想う心だけは、あなたには負けないんだからね!」

「はぁ?」

 麗子の操られ偏った思考でも、なんとも答え難い言葉だった。

「勇気様とは、住む世界が違うってことはボクだってわかってるよ。あなたには背だって負けてるし、プロポーションも多分負けてるし、お化粧の上手さとか、あと可愛らしい仕草とかさ、いろいろ負けてる部分はあるけど!」

 忍は、怒りを通り越して、自分でも理解できない涙を流していた。

「勇気様を想う気持ちだけは、誰にも負けないんだから!」

 世界中に宣言するように言い放つと、ぐっと奥歯を噛み締めて涙をこらえる。
 まっすぐな視線が、麗子を睨みつける

「くだらない」

 対する麗子は、冷めた見下す目であった。

「……可哀想なヒトなんだね」

 忍は、涙で赤く腫れた目を細めた。
 麗子は、またも予想外の言葉と行動に、慌てた。

「だ、誰が可哀想ですって!」

 杖全体から炎を発し、哀れみの視線を振り払う。
 忍は、後方に大きく宙返りし、音も無く着地した。

「誰かを本気で愛したことがないから、そうやって誰かを見下してないと、安心できないんだね」

「だまれ、野蛮人!」

 逆上。杖の宝玉が特大の炎の塊を発する。
 炎の塊は、やがて火の鳥の形をなす。
 朱雀の奥義である。

 炎は、壁や床の朱色を煌く橙色に染める。
 天上は高いが、所詮は廊下。巨大な炎の鳥は、廊下の全てを嘗め尽くすように飛んだ。
 そこらへんに倒れている、人形も全て。

「乱れた心じゃ、意味ないよ」

 忍は、何事もなかったかのように立っていた。彼女だけではない、うめくような経文を繰り返す人形たちも、何事もなかったかのように、うめき続けていた。
 真空の壁が、全てを守ったのだ。

「うるさい!」

 怒声と共に放たれた、二羽目の鳥は、しかし、一回り小さかった。

「誰と戦ってるのさ。ボクはここだよ」

 火の鳥は、突風に雲散霧消した。

「だまれだまれだまれぇ!」

 三羽目の鳥は、鳥の姿すら保てずに、ただの炎の塊となった。

 風が吹いた。

「麗子さんのおじいさんね……」

 耳元でそんな囁きを聞いた後、麗子の意識は闇に落ちる。


 天女が、舞っていた。
 感情のままの激しい舞いであった。

 そこには、作り物ではない本物の感情があるように見えた。

 怒りである。

 両手の扇が、交互にリュートを襲う。
 遠心力と、何より強い情念が、一撃一撃を重いものにしている。

「なるほど。そゆことね」

 口調から察するに、勇気である。

「そういうこった」

 同じ口から、別な口調が返事をする。端から見れば変質者だな、主人公。

「今、助けてやる。多少傷がついても、許せよ」

 くるくると回転する舞いに同調するように、リュートも回転を始める。
 二つの歯車は、噛み合っているが、回転速度は同じではない。
 リュートの速度は、四倍である。

 突如として、リュートは左手でエリナの頭蓋をつかんだ。

 回転が止まる。

「六手目、雷吠(らいはい)!」

 本来は、剣を地面に突き立て、衝撃波と雷撃で結界をはる技である。いかなる戦闘でも敗北することを許されぬ古代の勇者は、雷念と拳にこめた雷吠の連携により、素手での戦闘もこなせるのだ。
 内側から結界をはることで、エリナを呪縛から解き放とうという試みである。

 為す術なく、エリナは雷吠の雷撃を全身に受ける。




「っああぁぁぁぁぁあっ!」




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