小説ホームへ

第16話「東(あずま)、散る」





「分かっているな?」
 音だけの通信。
「……はい」
 答えたのは、暗い通信室にたたずむ軍服の男。
「失敗は死だ」
 通信の声は、冷徹だ。
「……よく存じております」
 長身痩躯の軍服の男に、声の抑揚はない。
「見事、やってみせよ」
 一方的に、通信は切れた。
「……了解しました」
 軍服の男、レフス=マークスは、無表情に、機械的に答えた。
「私の描く最上の戦争(ゲーム)を、ご覧に入れましょう」
 通信の切れた画面に向けて、そう言うと、きびすを返して通信室を立ち去った。
















 ここは、蒼竜公領の都・導真。
 その蒼竜公公邸の、嫌に和風テイストな庭で、一人の男がセカセカと行ったり来たりしていた。




 四角い身体に紫のスーツを着込んでいて、どこぞの『親分』のような風体である。
 先代蒼竜公の息子にして、聖民党党首。
 東間秀辰(あずま・ひでたつ)である。
 現在の感情は、すこぶる不機嫌であり、そのやり場のない感情を、さほど大きくもない庭を大またで歩くことで、表現していた。

 東間は、ガイロニアと白虎の侵攻により、新谷清明から「蒼竜公代理」を預っていた。
 正確には代理の代理である。
 だが、たとえ代理とはいえ、今まで欲して止まなかった「蒼竜公」の椅子である。
 不機嫌の原因は、「代理」ではない。
 彼は、折角手に入れた権力を、使うことができないのだ。

 星雨真羅の残した対処プランと、新谷清明が残した部隊は、東間が何をしなくとも完璧に動くようにできていた。
 東間には到底出来ない、緻密で完全な仕事だった。
 そして、東間は自分より優秀なものを否定するほど、愚かではなかった。




 だから、彼は不機嫌だった。
 彼はただ、座っているだけでいいのだ。




 「蒼竜公代理」の椅子に。




 ただ椅子に座るだけのために、自分は今まで戦ってきたわけではない。
 ただ椅子に座り、良いものを食い、良いものを着て、ニコニコしていたいがために戦ってきたわけではない。
 親父が蒼竜公だったから自分も、という考えがあったことは否定はしない。
 だが、ただ「蒼竜公」であるという「名誉」なんぞが欲しかったわけではない。
 そんなものは、何の価値もない。
 己の信念の実現を夢見て、それを実際に成し遂げることこそ男の本懐である。




 だから、彼は不機嫌だった。




 彼と同じ状況に置かれて、ニコニコしていられる人間なぞいるはずもない。
 え? 刹那にそんな人間がいるって? そいつは気の毒なことだ。
















「東でよくないことが起こる」
 エリスの託宣は、すぐさま聖母の手から「闇」に伝えられた。
 次元の狭間に存在する「美弥」の託宣は絶対だ。
 その運命を変えることは、不可能に近い。
「で、どうします?」
 ロバートは、まるで夕食のメニューを聞くかのように老人に尋ねる。
「……間に合わぬ」
 ヒューと漏れた息は、嘆息であったのか、肺の病か。
「蒼竜が落ちると? でも、あそこには星雨さんと新谷さんの残した蒼月衆と、ゴロツキの親分がいるじゃないですか? それに貴方が行けば……」
「天竜殿を奪われたことで、光の力が増している。我らとて、大きな制限を受けている」
「でも……」
「今、ワシが動くわけにはいかぬ」
「参ったなぁ。僕は竜王さまのお相手で動けないし」
「願わくば、犠牲者が一人でも少なくならんことを……」
















「東間様! 敵襲です!」
 その声は、東間にとって朗報だった。
 予想外の事態ならば、東間にも自分の才覚でできることがある。
「ガイなんとかってぇ国のバカどもか! 蒼月は!」
「既に出撃準備完了しております」
 見た目にも分かるほど、東間はガクンと落胆した。
 準備は万全。
 彼は、ただ命令すれば良い。
「出撃だ……」
 星雨真羅、政争をしていた頃は知る由もなかったその深遠なる知略の恐ろしさを、まさかこんな形で知ることになるとは、東間も思いもしていなかった。








 ガイロニア海軍の大船団が東の海から攻め寄せていた。
 潜水能力を持った戦艦で、朱雀領海をやりすごし、後を取ったつもりなのだろう。
 ひときわ大きな戦艦の主砲から発せられた初撃は大きくそれ、無人の岬を破壊した。
 宣戦布告というわけである。

 蒼竜の迎撃準備は、万全であった。
 蒼月衆の主力、摩劫羅は海岸線にて既に臨戦体勢に入っていた。
 東間の命令を受けて、出撃していく蒼月衆。

 ガイロニアの海軍兵力は、刹那のそれと酷似していた。
 巨大な空母に、十数隻の巡洋戦艦。
 それらが全て潜水能力を持っている点が、大きな違いである。

 対する蒼竜の軍備。
 地上での久遠最速を誇る機兵、摩劫羅は、水上・水中戦をも得意とする。
 もともと海に囲まれ、交易にともなう紛争の絶えない東方を治める蒼竜公領に、必然とされた力である。

 「力」ある者と、「力」なき者の戦いは、一方的な展開を見せた。
 ひたすらに物量に頼るガイロニアの奇襲部隊は、変幻自在の摩劫羅に翻弄され徐々にその数を減らしていく。
 影との戦いを潜り抜けてきた戦士達に、ガイロニアの攻撃は単調なものにしか見えない。




「高みの見物で良いってか。ふん、面白くない!」




 東間は、次々と報告される戦況に、ますます不機嫌になった。
 星雨と新谷が中央に出払っている今、最高権力者である自分。
 だが、その自分の出番はない。




「これじゃ、ただのお飾りじゃねぇか!」
















 戦場から遥か彼方。
 久遠の西端、白虎公領より更に西の砂漠の上空。
 空飛ぶ舟のブリッジである。
「戦績は、予想以上に酷いな」
 無感動に、レフスは戦況を見る。
「確かに、ガイロニアの一般兵が久遠に勝てるハズはない」
 無表情なその顔は、ディスプレイの光を受けて、青白く見える。
「だが、そこに慢心がある。所詮は同じ人間であるということが、敗因だ」
 そっと、右手を上げて合図をする。
「次元転移、準備」
 機械から発せられるような、抑揚のない声で命令する。
「了解。これより、本艦は次元転移に入ります」
「目標、蒼竜公居城、上空」
「転移5秒前、4、3、2、1……」

















 蒼竜公の城の上空に突如出現したのは、天竜殿の堅固な外壁を破壊したのと同型の「天岩舟(あまのいわふね)」。
 そこから降りてくる、空が見えなくなるほどの、膨大な数の落下傘。

 空を見上げた東間は、一瞬唖然とした後、思わずニヤリとした。
 どうやら、敵は星雨の知略をとんでもない方法で超えたらしい。
「ようやく暴れられる、ということだな」
 ドスを抜き、空に向かい怒鳴る東間。
「頭はどこだ! 出てきて、俺と戦え!」
 落下傘から、兵士がわらわらと現れる。
 黒ずくめのスワットスーツ。マシンガン、ライフル、対戦車砲。
「ザコに用はねぇ! 出て来い親玉!」
 東間の蹴りが、黒ずくめの一人を吹き飛ばし、その巻き添えで数十人がさらに吹き飛ぶ。

 だが、人の雨はまだ止まない。
















「プレイヤーが盤上に乗ったら、チェスは成立しない……」
 東間の問いに答えたかのように、レフスは一人ごちた。
「そして、一般兵士(ポーン)でもやりようによっては、目標(キング)を殺せるものだ」
















 東間は、無数の蟻に襲われているかのような感覚を感じていた。
 すでに、部下の何人かは特殊なバズーカの直撃を受けて、戦闘不能になっている。

 圧倒的であったはずの力の差が、圧倒的な物量に押され始めていた。

「チェックメイト」
 レフスが、左手を上げる。
「了解しました。シグナル発信します」
 信号を受けて、迷うことなく一斉に飛びかかる、黒ずくめの男たち。
 振り払うのがやっとの東間。
「世に光の栄光あれ!」
 東間に追いすがった一人が、そう叫ぶと同時に爆発した。
「こいつら、自爆か!」
 瞬時に「壁」を作り、やりすごす東間。
 その直後に、今度は背面から特攻してくる兵がいた。
「く、間に合わねぇ!」
 恍惚とした表情、躊躇のない自爆。
「光の御世に栄光あれ!」
 身体をかばった東間の左腕が、砕けた。
 東間は、なぜか大声で笑い出した。
「死ぬのが怖くねぇってかぁ! 上等だぁ! 死ぬより怖い目に遭わせてやらぁ!」
 活き活きとした目をした獣が、そこにいた。
 右腕だけになった東間のドスが光り輝く。
「勇心雷八閃が三手目、雷刃!」
 光の大きな刃がドスの延長上に現れる。
「地獄を見せてやるろうじゃねぇか!」
 失った左肩の傷口からの出血も気にせず、東間は豪快に笑っていた。

 無尽蔵に思えるほどに、落下傘部隊を吐き出しつづける「天岩舟」。
 そのブリッジに、レフスは静かに座っていた。
「なるほど、久遠の能力者でも彼は相当タフな部類のようだ」
 抑揚のない声で言う。
「だが、残念ながら勝敗は決した。ゲーム・イズ・オーバー」
 彼の目の前の「ある計器」が、東間を映していた。

 天竜殿の城壁を破壊した巨大な主砲の射線上に、東間がいた。

 レフスは機械的に左手を上げる。
「撃て」
 そして、無表情に命令した。
「了解しました」
 オペレーターもまた、機械的に仕事をこなす。
「主砲、照準合わせ」
「出力最大」
「発射します……」
















「おおおおおおおおおおおっ!」
 雷光の刃を片手で降りまわす、鬼神の如き東間。
 蹴散らされながらも、隙を見ては特攻を繰り返す黒ずくめの男たち。




 それらが、光に消えた。




 高エネルギーの塊をぶつけられた大地は、瞬時に蒸発し、直撃を避けた場所も、高熱に爆発を起こして吹き飛ばされる。




 真白な大輪の花が咲いたようだった。
 「死」の花言葉をもつ花に、良く似ているように見えた。




 その花は、数百の同朋の命と引き換えに、シャムド財団私兵団長レフスが勝利を得たという事の証明であった。
 彼の言葉で言えば「ゲームに勝った」ということになるのだろうか。
 全ては、この勝利のための「捨て駒」である。




 中枢を失った蒼月衆は、混乱した。
 なにより、守るべき街に咲いた死の花が、彼らの戦意を喪失させるに十分だった。
 呆然として動きを止めた蒼月衆の機体に、近距離からの砲撃が突き刺さる。
 一機、また一機と沈んでいく摩劫羅。
 心を壊された久遠の戦士は、驚くほど脆かった。




 蒼月衆の壊滅を見届けると、レフスは無感動に命じた。
「任務完了。回頭180度、これより光建に向けて進軍する」




 幾人か生き残った同朋を見捨て、「天岩舟」はゆっくりとその場を後にした。
















 勇気とリュートが、蒼竜公領、蒼竜公の居城に辿りついた時、




 そこには、何もなかった。




 ただ、巨大なクレーターが、口を開けていた。




小説ホームへ
ご意見ご感想はこちらまで→作者宛のメールフォームを開く