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第18話「二人の賢者、消ゆ」





「艦長、後方7時の方角より人間サイズの高エネルギー反応が急速接近中」

「敵、か」

「イェッサー。味方にこれだけの出力が出せる人間サイズ兵器は存在しません」

「長老会でもない限りそうだろうな。接触までの時間は?」

「5分後、1800時に接触します」

「先ほどの街から一直線にこの船を目指している。あの街の守護者といった所か」

 ディスプレイの照り返しで、軍帽の下の青白い顔が不気味に浮かび上がる。

「面白い。全てが予測通りか」

 レフス=マークスである。

「では、第2ステージを始めよう」

 微かに口の端をほころばせると、レフスは指示を出した。

「対能力者戦仕様への換装は済んでいるな?」

「イェッサー。あとは偽装を解除するだけです」

「よろしい、では総員第1種戦闘配備、回頭180度、上昇開始」

「イェッサー。回頭180度、上昇開始」




「30秒で全ての作業を完了させよ」

「さて、楽しいゲームの始まりだ」
















 蒼竜の都、導真が陥落したとき、一瞬で数万の人間が命を失ったとき、自分を信じてくれた人々を守れなかったと思い知ったとき、シンは決断した。
 「力なき政治家」から、「力ある戦士」に変わる事に。
 それは、つまり彼の理想、彼の信念が消えてしまうことを示していた。
 「力なき人々」の参政を目指す指導者は、「力なき政治家」でなくてはならなかった。




 紺のチャンチャンコ姿のシンと向き合うように、白衣で丸めがねのセイがしゃべっていた。

「シレイとは司令の意味ではなく、四霊、すなわち四聖霊獣の長であることを示す、竜帝の別名。そして、サンボウとは参謀ではなく三法、すなわち三世法師、過去・現在・未来の時をつなぐ、闇の一族の長の名だ」

「そして、私とセイはそれぞれが、四霊と三法の3代目の生まれ変わりであると」

「光に気付かれぬよう、さらなる封印として人格を分離し入替えた。つまり、四霊の人格を優しさのAと荒々しさのBにわけ、三法の人格を破天荒なCと冷徹なDに分けた上で、私には四霊のAと三法のD、セイには三法のCと四霊のBの人格が埋め込まれた」

 白衣のセイは思う。
 メガネは便利だ。
 目の前の友に、自分の感情の動揺を悟られずにすむ。

「普段表に出ている人格は、お前が四霊の優しいA、俺が三法の破天荒なCだ」

「闇の者、シレイ、サンボウとして働いていた人格は、私の中の冷静な三法のD、セイの中の荒々しい四霊のBであり、言霊の効力を考え、便宜上『司令』『参謀』と言う別の意味を割り当てて、その真意を隠蔽したと」

「理解できたか?」

「だいたいは。いや、認めざるを得ませんよ。今、目の前に1万2千歳の『弟』がいるのですから」

 シンは、そういって側にたたずむ「弟」を見た。
 「弟」は、部屋の闇の中で、一層闇であった。
 やせ細っているが、異常に姿勢が良く、しゃんと真っ直ぐに立っている。
 ボロの衣をまとっているが、その瞳は力強い光を放っている。
 肺を病んでいるのか、時折、ヒューヒューと呼吸の音がする。
 「弟」は「老人」であった。

「封印を解き、人格を元に戻せば、貴方がたは貴方がたのままでいられなくなり申す」

 老人は、目を伏せて言った。

「そう……でしょうね。例え記憶がそのまま持続されるとて、それでも私という人格はなくなってしまうでしょう」

 溜息が出る自分が、無性に情けなかった。
(何を今更)
 チャンチャンコのシンはそう思い、自嘲した。

「俺も俺でなくなるわけだ」

 セイは、憮然と言った。
 口の端が吊りあがっているが、それは笑顔なのか、単なる引きつりなのか。
 判然としない。

「すみませぬ」

 老人の顔のしわが、さらに険しくなった。
 気の遠くなるような老人であり、場において一番目下である老人は、血を吐くようにして言葉を紡ぎ、謝罪した。

「貴方が謝ることではありませんよ。これは私の判断でもある。私一人いなくなることで、世界が良き方向に進むというなら仕方ありません。偉そうに理想を説いたくせに、理想のために死ねと、私のために死んでくれと彼らに言ったくせに、私は……私は、なにも守れませんでした」

 自棄になったように、シンは言った。
 自分に世界が救えるなどと、自惚れていたわけではない。
 だが、それでも、己の無力がどうしても許せなかった。

「安心しろ。お前がやり残したことは、生き残った奴らが代わりにやってくれるさ。その為にお前は平民党を作ったんだろ? ただの人間が一代で成し遂げられるには限界がある。そのためのシステムが集団である、と言ったのはお前だろうが」

 ぶっきらぼうに、ひどく乱暴に、セイは断言した。
 どうやら励ましているらしかった。
 だが、シンにはそれで十分だった。

「相変わらず貴方には、ここぞという時に私が欲しい言葉をかけてくれますね。貴方こそ、やり残した発明が沢山あるのでしょう?」

「ふむ、心残りなのは確かだな。歯磨き君マキシマム、目覚まし巨人コテツ君、盗蝶鬼007君……」

 ぶつぶつと、両手の指を指折り数えて、数回往復したところで、セイはもう一度、ふむ、と言った。

「まあ、発明のアイディアは記憶として、本物の俺に渡されるわけだ。これだけ素晴らしいアイディアを渡されれば、本物の俺も無視できまい。全てが終った後に、必ず俺の遺志を継いでくれるだろうさ」

 そう言って、セイは不敵に笑った。

「貴方にはかないませんね」

 シンもまた、つられて笑ったが、それは力弱いものであった。

 無理からぬことである。

 シンの夢は、太古からの因縁やら、運命やらという不条理なもので砕かれてしまった。
 その事実を思い知ったとき、一瞬だがシンは確かに発狂した自分を感じた。
 直後にセイに殴られていなければ、そのまま正気に戻らなかったかもしれない。

 それでもシンは思った。

(自分は幸運だ)

 孤児であり、苦労をした。
 学業を励んで出世をしたが、その出世とてあまり清廉潔白ではない。
 時には他者を蹴落とし、恨まれ、傷つきもした。
 そして今、己の信念が敗北し、己自身をも失おうとしている。

 それでもシンは、自分が幸せだと思った。

 真の友とは、それほどに得難いものだと、彼は思った。
 自分には友がいる。
 これ以上を望むのは、きっと贅沢だ。

 その考えに思い至って、シンは、やっと心から微笑むことができた。

「では、お願いします」

 そして、世界を救うために封印は解かれ、

 二人の賢者が久遠から、永遠に消えた。
















 長大な砂埃を上げて荒野を疾走していく勇気。
 その足は青白い放電を放ち、一蹴りで数十メートルを進む。
 陳腐な表現だが、確かにその足は二本ではなく無数に見えた。

 空飛ぶ舟を肉眼で確認すると、竜崎勇気は唐突に立ち止まった。
 ドオォンという急停止の衝撃波が、同心円を描いて広がる。

 それは「相棒」がブチ切れたと知ったときから、なんとなく決めていた行動であった。

「なぜ立ち止まる!」

 轟刃(=リュート)は激した。
 リュートは既に心の中で、空飛ぶ舟を何十回となく破壊し、蹂躙し、消滅させていた。
 それでも足りないと思っていた。
 芥子粒も残さず、世界から抹殺しようと考えていた。
 その相手が目の前にいたるのに、立ち止まるなどありえない。
 今すぐにでも、そう、今すぐにでも抹殺しなければならないのに。

「リュート、あんたはそこで待っててくれ。あの船は僕がやるよ」

 そう言うと、勇気は轟刃(とどろくやいば)を手近な岩に突き刺した。
 リュートとは打って変って、穏やかな声、表情である。

「ばっ、なにを言ってやがる! あいつは俺が!」

 なんとか身動きしようとする轟刃(=リュート)だが、勇気の手を離れ、刃の半分までが岩に刺さった状態ではいかんともしがたい。

「あいつは俺が……何? 俺が殺すって?」

 勇気は、まるで諭すように言った。
 リュートは勇気より知識も技術もあり、果てし無く年上であるが、それは勇気には関係無かった。
 今のリュートは、止めなくてはならない。
 勇気の、言葉にならない感覚が、そう結論付けていた。

「当たり前じゃねぇか! あいつは人間じゃない!」

 その言葉を聞いたとき、勇気は一瞬悲しそうな顔をした。

「いや、人間だよ。僕の世界じゃ、あんなことは日常茶飯事」

 勇気は自分の世界を思い出していた。
 久しぶりに思い出していた。
 ニュースでしか知らないが、確かに日常茶飯事だ。
 憎んで、憎んで、憎んで、憎んで、
 怨んで、怨んで、怨んで、怨んで、
 殺して、殺して、殺して、殺して、
 そしてまた、憎んで、怨んで。
 そうして成り立っているのが、勇気の世界であった。
 勇気の住んでいた国は、平和だった、
 だが、それも血の上のおぼろな幻であった。

「ゲーム感覚で人間を殺す人間なんて、珍しくないんだよ」

 勇気は迷うことなく断言した。
 その顔は無表情だった。
 拳での戦い、剣での戦いから離れた時、人間は殺し合いをゲームだと誤認識し始めたのだ。
 勇気の祖父が、いつも言っていたのを思い出した。

「仮にそうだとしても、許される事じゃない!」

 思いがけない勇気の冷淡な発言に、リュートはさらに激した。

「そうだね。僕も許せない。殺すつもりでやるさ。ただ……」

「ただ、なんだよ?」

「今のリュートに任せたら、無駄な血が流れる。それに返り討ちに合うかもしれない。冷静さを失った力は危険だよね?」

「……」

「ま、それも師範の受け売りだけどね。じゃ、行くよ」

「待て!」

 勇心雷八閃、雷念。
 己の体を神経を通る電気刺激ではなく、直接雷撃で動かす無茶この上ない技術。
 蒼い雷光に包まれた勇気の体は、リュートを地上に残して、ふわりと浮かび上がった。

「例えアンタでも、必要以上の人殺しは許さない。そう言うことだよ」

 勇気の表情に、その無表情に近い顔に、リュートはぞっとした。
 伝説の勇者が、勇気のその表情に戦慄していた。
 そこには、「とんでもないもの」が居た。
 神でも悪魔でもないが、それは「とんでもないもの」だった。

「1人殺すのも、2人殺すのも、1隻沈めるのも変わりねぇよ! これは殺し合いだ!」

 リュートは溢れ出す殺気を隠す事もせず、そのまま勇気にぶつけた。
 動揺する自分に、混乱したのかもしれない。

「どんな時だって、1人殺すのと、2人殺すのは違う。僕はそう思うよ」

 リュートには、「とんでもないもの」が、泣きそうな顔に見えた。
 勇気は、空中で軽く身を引いた後、空飛ぶ舟に向けて矢のように飛んでいった。

「それはキレイ事だ。俺の街は……アレに殺されたんだ」

 岩に突き刺さった情けない姿のまま、
 憮然と、リュートは言った。
 「とんでもないもの」に対して、それだけは言わなければ気が済まなかった。








 それは、まったく素直な、愚直なまでに素直な感情であり、誰にも否定できない感情であった。








 それは、憎しみであった。




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