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第20話「美少年主人公、現る」





 地上に降りてきた竜崎勇気とアラエク=エミサルは向かい合って地面に腰を下ろしていた。
「ところで爺さん」
 勇気は思っていた疑問を口にした。
「なんじゃね?」
「結局、何しに出てきたのさ」
「世界で一番強い男と戦って、ケジメをつけたかったのよ」
「ケジメねぇ」
「これで心置きなく、かつての主君と袂を分かつことができるというものよ」
「主君? 竜王のことか?」
 今度は地面に突き立てられた轟刃に宿ったリュート=ブレイブハートが聞いた。
「左様。竜王陛下、ゼスト=ティアル=ガイルート様が我が主君であった。しかし、空を汚す行いをする者を、もはや主君とは認められぬ」
「空にこだわるんだねぇ?」
「空の偉大さに比べれば、光だの闇だのはどうでも良いことだと悟ったのだ」
「過激な悟りだな」
「なんとでも言うが良い。わしは今からアラエク=エミサルではなくアラエク=イルサルとなり、ガイロニアと戦うのだ!」
「ほー」
「はあ」
 少年のように目を輝かせる老人を、ため息とも言えないような変な声を出して見つめる二人なのであった。
















「お爺様は生きている。死んだわけでもないのに、私に何も言わずに姿を消すなんて許せませんわ」
「手間のかかる孫娘の面倒見るので、気苦労が絶えなかったんだろうねぇ」
「なんですって!」
「なんでもないですわ」
「ならよろしくてよ」
「よろしくてよ」
 北条麗子と霧狼忍は、新人漫才コンビとしての道を着実に進みつつあった。
 赤い髪に赤いスーツにサングラス姿の麗子と、濃い紫のスーツを着た丸メガネの事務員姿の忍は、ぶつくさ言いながら弥陀のごっちゃごちゃした街中を歩いている。忍は完璧な変装だが、麗子は変装というレベルではない。忍が地味な服装が良いとか、顔に特殊な化粧をすれば良いとか、あれこれ指導したのだが、いかんせん我が強い麗子のこと、服は赤で統一するのだということ、化粧で顔を隠すなどできないということで、強情に言い張ったのである。
 そもそも、なぜ変装しないといけないかと言えば、二人は先の影との一大決戦において活躍した英雄として水晶テレビで顔が知られており、なおかつ、麗子は朱雀公代理でもあり、公に自らが動くには制約が多すぎたのである。
 二人は、麗子の祖父であり、現在も朱雀公の地位にある北条凰斉を探して、消息を絶った当時の鳳斉の足取りを追っていた。
 鳳斉の足取りは、弥陀に入る直前で消えていた。
 仕方なく、二人はそのまま、足取りの先にある白虎公領の都、弥陀に足を運んだのだが、思わしい情報は手に入れられなかった。当てを無くした二人は、弥陀の街をあてどもなく歩きながら、あーでもないこーでもない、と話し合っていたのである。
「ここからどこに消えたというのかしら?」
 頭上にどでかい蟹の人形をうんざりした目で見ながら麗子が言った。
「『研究所』で何かあったのかな? それで舞い戻ったとか」
 虎のマークが入った縦縞の旗が掲げられた店々を珍しそうに覗きながら忍が答える。
「そうね。お爺様が消えたのと同じタイミングで『研究所』の痕跡もなくなっているのは事実ね」
 麗子は往来の真ん中で立ち止まると、顎に手を当てて考え出した。
「何があったのかな?」
 その顔を下から覗き込むようにして忍が尋ねる。
「ガイロニアで何か、そうね、何か良くないことが起こっているのを感じたのかもしれないわね」
「良くないことって、麗子は何だと思うの?」
「し、知らないわよ! 言ってみただけ!」
「ふぅん?」
 名前を呼び捨てで言われて、顔を真っ赤にしてうろたえる麗子を、面白そうに見る忍。
 同年代の女友達と言えるものを持たなかった二人である。
 出会いは最悪であった。だが、なんだかんだ言って、今は一緒にいて楽しいのだ。
「救世主様だ!」
「勇者様だ!」
「竜の名を持つ英雄様だ!」




きゅぴーん!




 忍の目の色が恋する乙女のそれに変わった。
 竜の名を持つ英雄、救世主、勇者といえば、この世界では一人しかいない。
「勇気様!」
 走り出す忍。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 置いていく気!?」
 慌ててその後を追う麗子。
 忍が先ほどの声がした場所にやって来ると、そこには黒山の人だかりができていた。
「勇者様! 握手してください!」
「きゃー! 勇者様! こっち向いてー!」
「救世主様! サイン下さい! ここに太郎君へって書いて!」
「ありがたやありがたや」
「勇気様!」
 人の群をかき分けて、その中心部に忍が辿り着いて目にしたものは、
「僕のことを名前で呼べるのは、マイハニー麗子だけだよ、レディ?」
「なっ」
「なっ」
 なんとか追いついた麗子と一緒に忍は固まった。
 そこには、忍がいつも妄想している勇気のイメージそのままの、つまり現実離れした美貌の少年が立っていたのだ。
 少年は、紺色の学生服を着て、竹刀を携帯している。
 勇気を水晶テレビでしか知らない人間が見れば、間違えるのも無理はないのかもしれない。
「勇気様っ! そんなっ!」
 目に大粒の涙をためて、忍はいやいやをした。
「誰よアンタ!」
 そんなことはお構いなしに麗子は、少年を指さして大声で尋ねた。
 おそらくは自分のことをマイハニーと呼んだ、正体不明の美少年のことを、許そうとは思わなかったのである。
「おやおや、この僕を知らないレディがまだこの世界にいたとはね?」
 大げさに肩をすくめる美少年。
「あんたそんなことも知らんのか!」
「影をやっつけてくれた救世主様だぞ!」
「失礼よ!」
「あやまりなさい!」
 外野もいきなり失礼なことを言う麗子に文句を言い出した。
「あいつはこんなに美少年じゃないわよ!」
 負けじと麗子も声を荒げた。
「麗子! どこをどう見たって勇気様じゃない!」
 忍はもうダメである。妄想が現実になったことで、しかもその現実の妄想が(ややこしい)自分にとって最悪の方向に向かったことで、号泣して鼻水を垂らしていた。
「なんだ、僕のこと知ってるんじゃないか、レディたち? そう僕こそが、『刹那』よりこの世界を救うために召喚された、リューザキ・ユーキさ!」
 白い。まぶしいくらい歯が白い。
「あぁ!」
 あまりの美貌に、忍を含めた数人が失神した。
「ちょ、ちょっと忍!」
 咄嗟に忍を支える麗子。
「さぁ、握手する人は並んで並んで! サインは一人一枚だからね! ああ、お婆ちゃん! 写真はこの角度で頼むよ!」
 美少年リューザキ・ユーキは二人に興味を失ったようだった。
 麗子は、まがりなりにも変装していて助かったと思った。
 失神した忍を背後から抱えるようにしてズルズルと路地裏まで引きずっていく。
 一息ついた所で、彼女の明晰な頭脳がフル回転しだしていた。
「疑問その1 なぜあの男は竜崎勇気にあんなに似ているのか?」
 忍の様子を見ながら、麗子は右手の人差し指を立てた。
「疑問その2 なぜ似ているとはいえ、誰もがあの男が竜崎勇気であると信じて疑わないのか?」
 右手の中指も立てる。
「疑問その3 忍ほどのシノビがなぜあんな男を見間違えたのか?」
 右手の薬指も立てる。
「疑問その3については、答えは明確ね。忍は勇気が好きだと言っていたけど、話を聞く限り長く勇気と一緒に行動したことがない。戦闘に臨む時の凛々しい勇気しか知らないのだから」
 凛々しいと誉め言葉を使ったことに気づいて、麗子はゴホンと咳払いをした。
「あいつの普段の緩み切った顔を知っていれば、あんな美少年と間違えるはずが……」
 美少年という言葉を使ったことに気づいて、麗子は再びゴホンと咳払いをした。多少、頬が紅潮している。
「私たちの身分を明かして化けの皮を引っ剥がすのは簡単かもしれないけれど、今は隠密の身の上。それはできない相談よね」
 路地裏のそこらへんに転がっていた樽に腰を下ろし、次に腕組みをして考え込む。
「あいつの目的が何かを探る方が先決ね。お爺様の件はこれが片付くまでお預けだわ。そうしないと……」
 そうしないとどうなると言うのか。
「ああ! 勇気様!」
 こうなるのである。
「違うわよ! 正気に戻りなさい!」
 ペチペチと忍の頬を叩く麗子。
「どこをどう見たって勇気様じゃない! 私の勇気様はどこ!」
「違うと言っとろーが!」
 ペチペチペチとさらに頬を叩く。
「痛い! 痛いよ麗子!」
「あれは偽者! 本物は私のことをマイハニーなんて呼ばないの!」
 さらにペチペチペチペチ。
「痛い! 嘘! 本当! いやでも!」
「デモもストもない!」
 ペチペチペチペチペチ。
「良いから私の言うことを信じなさい!」
「痛い! 痛いよ! 分かった分かったからっ!」
 先ほどとは別の意味で大粒の涙をためながら忍は痛む頬をさすった。
「良い? あれは偽者!」
「あれはニセモノ……」
「そう。本物だったら、あいつは勘が良いから、私たちの変装なんてすぐに見破るわよ」
「そうか、そうだよね!」
「これから、あいつの目的を探るわよ!」
「分かったよ! よーし! 勇気様の名を騙る偽者めー! 化けの皮を剥いでやるんだからっ!」
 現金なものである。マイハニー発言が偽者と知ると忍は元気を取り戻した。
「まずは情報集めよ。あなた得意でしょ? 情報集め」
「うん、任しといて!」
 自分では情報集めする気はないんだな麗子。
















 幼きゼスト王は、久遠の東西に展開した自軍の状況を聞いて、いてもたってもいられなくなっていた。
 東では導真の占領に成功したと言い、西では天竜殿を陥落させたと言う。だが、双方とも自軍の被害も甚大であり、友軍である白虎公の軍も大半が戦闘不能だと言う。さらには、拳聖アラエク・エミサルが敵に破れ、それだけならまだしも、その後敵に寝返ったとの噂も流れた。事実、ガイロニアにおいて無敗のシャムド財団の私兵の天岩舟が、謎の敵によって撤退を余儀なくされたと報告を受けている。
 未だ我が方が優勢とはいえ、闇の竜の眷属どもが蠢いている以上、ガイロニアにおいて長老会を除く唯一の能力者である自分が戦場に立たなければ、とゼスト・ティアル・ガイルートは思ったのである。
「爺!」
「はっ準備はできております」
 脇に控える長老ネイカー・エミサルがうやうやしく、細長いケースを差し出した。
 ゼスト王がそのケースを開けると、そこから一本のランスを取り出した。
「天照、我が牙。その光で敵を屠らん!」
 そのランス、天照を高々と天を突くように掲げる。
 その穂先から、光がほとばしった。




「我ら光の下、永遠の秩序を望む者。いざ行かん、約束の地へ!」



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