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第3話「戦、勃発す」









 いつ始まったのか、俺には分からなかった。
 一族伝統の衣を纏い、戦の化粧をし、大きな鉄の塊の中に俺は納まっていた。仕官してすぐに与えられ、三年の付き合いになる巨大な鉄塊『阿斗羅(あとら)』。白虎が誇る飛虎衆の機兵だ。数々の影征伐を共に戦ってきた、一番の戦友である。鉄の肩には、倒した影の数の六芒星が彫り込まれている。恥ずかしながら、俺の阿斗羅は百に満たない。言い訳をすれば、俺は援護を主な役割としているからだ。まあ、言い訳は言い訳なのだが。
 先の光建での大きな戦いの後、影は姿を消していた。自然、俺の仕事もなくなった。この前、実家に帰る機会を得ることができた。母から貰ったお守りは、俺の手の中にあった。その存在が、ひどく心が落ち着かせた。









 飛虎衆は、日の昇りつつある広大な荒野を、ゆっくりゆっくり堂々と東に向かって進軍していった。今度の敵は、同じ人間だ。抵抗が無いと言えば、嘘になる。人間同士の殺し合いなど、おぞましいことに違いはないのだ。だが大義は、我々白虎にある。引くわけにはいかないのだ。
















 気がついたときには、俺の阿斗羅は吹き飛ばされていた。阿斗羅からの視界が、真っ黒にふさがっていた。何かが俺の上に覆い被さっているらしかった。
 それが、友軍の阿斗羅であると気づくのには、少々時間がかかった。目の前を歩いていたはずの機体だった。
 空っぽになった頭で考えた、何かの攻撃を食らったとしか思えない。急いで体勢を立て直そうとして、新たに気づいた。コントロールが利かない。
「立ちあがれ、阿斗羅」
 いくら『力』を送っても、なんの反応もない。
 急に怖くなった。
 敵の攻撃は確実に始まっている。なのに、俺は指一本動かすことができない。戦なのだから、死は覚悟しているつもりだった。だが、どうやらその覚悟は、偽物だったらしい。影にやられた同僚のようにひと思いに殺されたなら、こんなふうに思うことも無く死んで行けたのだろうが。
 次の瞬間に殺されるかもしれない。そうではないかもしれない。全てが他人の手の中にある。しかも、その他人は、あまり好意的とは思えない。
 恐ろしく最悪な心境である。
「なんとか……なんとかならないのか」
 希望を捨てる訳にはいかない。捨ててしまったら、それこそ最悪である。『力』を阿斗羅の指先に集中する。
「動いた!」
 微かだが動く。反応の異常ではないということか。では、『力』を伝達する際の異常ということになる。何か強い巨大な思念が、俺の思念を邪魔している。
「それが、敵の秘密兵器か」
 『力』に反応して動く機兵の盲点を突いた妙策だ。これでは、いくら頑丈な鉱石を使おうが、いくら『力』に優れた操縦者が乗ろうが、意味が無い。
 と、冷静に状況分析できるだけの余裕が出てきた。慣れとは恐ろしい。
 ともかく、全力で指一本では、いかんともし難い。せめて腕が動けば立ち上がれるのだが。
「これ以上は……無理か?」
 汗が出てきた。戦化粧が落ちる。嫌なにおいが立ち込めた。阿斗羅の腕がこれほど重いと思ったことはない。
 そして、動かない。
 外では戦闘が本格化していることだろう。これは希望を捨てて、諦めた方が楽かもしれない。








ゴンゴン








 装甲を外側から叩く音がする。俺は、ノックしている敵の機兵を思い浮かべた。
 随分、礼儀正しい敵である。
「おいっ! 大丈夫か!」
 そして随分、思いやりのある敵である。
「撤退だ! 機兵を捨てろっ!」
 ああ、味方だったのか。
 ガクリと肩を落としたとき、俺は確かに首の骨がコキッと鳴るのを聞いた。
 にしても、不謹慎な味方だ。戦闘中に、俺などかまってる場合ではないはずである。何はともあれ、俺は急いでハッチを開け、外に出た。
 外には、しかめっ面した同僚が手を差し伸べてくれていた。
 同僚の手につかまって外に出ると、驚いた。








 戦闘は、起こっていなかったのだ。








 俺の阿斗羅も、友軍の阿斗羅に押しつぶされた傷だけで、あたりにひっくり返っている阿斗羅も無傷に近かった。コクピットから這い出してきた同僚達が、あちこちで所在無さそうにしている。
「どうなってる?」
 俺を引っ張り出してくれた同僚に、たまらず聞いた。この機に乗じて、阿斗羅を叩いておくのが定石だろう。俺のようなレベルの人間は、阿斗羅がなければ戦力にならない。四神公との生身の戦闘に耐え得る人間は、本当に一握りなのだ。不可解だった。
「こっちが聞きたい」
 答えは、素っ気無かった。考えてみれば、ここにいる人間に正確な情勢が判るはずも無い。
「とにかく、飛虎衆には撤退命令が出た」
 それだけ言うと、さっさと行ってしまった。俺は、敵がいるはずの方を眺めて見た。動きどころか、気配さえ感じられない。
 なぜだ? 考えるほどに分からなくなった俺は、一応の結論に辿りついた。
「生きてるから、別に良いか」
 とりあえず、今はそれで納得するよりないようだった。撤退命令が出ているのだから、素直に帰るとしよう。
 で、気がついた。
 阿斗羅が動かないから、歩いて帰るしかないではないか。飛行のできない俺たちには、地獄の決死行だ。荒野の真中で行き倒れるのは目に見えている。
「生きて、帰れるのか?」








 敵の秘密兵器の影響の外に出れば、車も阿斗羅も普通に動いており、俺の不安は杞憂に終わることになった。
















 戦場を見渡せる小高い丘の上に、二人の青年が立っていた。
 浅黄の着流しに紺のちゃんちゃんこを着たジジくさい男と、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけた、アヤしい白衣の男である。  シンとセイである。
「わっはっはっ! どうだ、私の最新作!」
 聞かないと、後が怖い。シンは、本当に仕方なく聞いた。
「これは一体なんなのですか、博士!」
 三文芝居っぽく、皮肉をこめて言ったが、通じるわけもなかった。
「よくぞ聞いてくれました! こんなこともあろうかと!」
 涙を流している。己の台詞に感動しているのであろう。よくもまあ、飽きないものである。
「これぞ、人間を殺すことなく機兵を無力化する画期的かつ平和的にして圧倒的な超絶ミラクル兵器。その名も、




『だるまさんが転んだ君(体験版)』




だっ!」
「だ、だるま……、それに(体験版)と言うのは?」
 いつもながら、そのネーミングセンスには、目眩がする。
「今は30日間お試し期間中なのだ! 製品版にはユーザー登録が必要だぞ!」
 眼が、少年のように輝いている。この上なく得意げだ。
「そ、そうですか」
 毎度のことだが、どっと疲れる。だが、『だるまさんが転んだ君(体験版)』のおかげで、当面の流血が避けられたのも事実である。素直に感謝すべきだろう。
















 私が報告に赴いたとき、ミトラ閣下は、文字通り顔を赤くして怒っていた。銀の長髪を振り乱し、血管を浮かび上がらせている。
「どうなっとるんや!?」
「敵の兵器による影響で、飛虎衆の半数以上が機能を停止しました」
 総指揮官として、屈辱的な報告をする。自分が無表情であるのが分かる。
「半数やて! なんとかならなかったんか?」
「このような兵器が敵に存在するとは、予想外の事態でありまして。しかし、パイロットは全員無事です」
 そう、あのような兵器が存在するなど、寝耳に水。対応の仕様がないのだ。私を含めた巡察官長官レベルのものが殿(しんがり)を務め、追撃を牽制したことを付け加えた。それが、あの場合唯一で最善の選択であった。
「は! そんなもん生きてたところで、どの道使いもんにならんわ! おのれ腐れ科学者のインチキ発明やな!」
 ミトラ閣下は、さらに怒り狂った。
 戦力外の人間を、ガラクタのように言う。それ以上に問題なのは、私のように有効戦力である人間も、道具扱いされていると言う事実だ。明日は我が身。そら恐ろしいことである。
 戦略的に相手に一歩先を行かれたのである。お怒りはもっともなことだ。しかも、今回の進軍には外交的重要性があった。
 今回の部隊編成には、『ガイロニア』の部隊や兵器は含まれていない。
 資金は多少融通してもらったが、直接戦闘に関与するわけではないから影響は少ない。だが、次の戦闘にはガイロニアが直接参戦することになっている。それも、莫大な物資、人員が支援される。戦力になるかどうかは疑問だが、形の上では平等な軍事同盟だ。戦後の久遠に支配の混乱が生じるのは目に見えている。だからこそ、今回の戦闘で、白虎だけで優勢であることを印象付ける必要があったのだ。
 今回の敗走は、それほどの重要性をもつのだ。
















 白髪が目立ち始めた壮年の軍人、総司令官マグナ=ルートヴィアが去った後の書斎で、ミトラはなおも憤っていた。予想外の反撃と、それに対するマグナの適切な対処にである。
「ええとこのぼんぼんが、生意気言いおって!」
 ミトラは自分より一回り年上のマグナを、ぼんぼんと言う。
 わけあってのことだ。
 ジエイの代で、ロス家と熾烈な勢力争いをした名門中の名門ヴィア家、の分流ルートヴィア家。ジエイが唯一『潰し損なった』家系なのである。
 ミトラも隙をうかがっているのだが、マグナには隙がない。品行方正、質実剛健、文武両道。その上、妻に先立たれ、一人娘と生き別れているときたなら、勝ち目は無い。その原因はジエイの政治的圧力によるものであると言う噂(ほとんど事実だが)なのだから、始末が悪い。
 『力』はさほどでもないが、民にも人望厚く、飛虎衆を含めた白虎の軍関係者からも信任厚い。巡察官庁の長官を歴任し、今は白虎中央巡察官庁の最高長官に就任している。総司令官としてこれ以上の適任はいないのだ。逆に彼以外では不可能とも言える。




 つまり、目の上の瘤なのだ。




 式神に政治を任せられたのも、もともとやっかいな政治をマグナに任せていたからだ。マグナにヘマをやらせる為にやったことだったが、マグナは見事にやってのけた。結果としてマグナの評判を上げる手伝いをしたことになった。




 全てが裏目に出る。




 なにより、ミトラがイライラするのは、マグナには政争や出世の概念が欠如している点である。権謀術数とは無縁の男なのだ。ミトラのしかける罠を数々のほとんど神懸り的な運だけで切り抜ける。そして、何も知らずにミトラに、心底礼儀正しく接してくるのだ。




 全くに我慢ならない。




 マグナの前では、ミトラはいつも劣等感にかられる。富も地位も名誉も『力』も勝っているはずの自分が、なぜ負けていると感じるのか分からない。だが、ミトラはマグナに、確かに負けていた。




 どうしても勝てないのだ。








 ひとしきりイラついた後、ミトラは素早く思考を切り替えた。今マグナを失うことはできない。今考えるべきは、いかにガイロニアの影響を排して勝利するか。








「悪だくみだけは、負けるわけいかへんからな」








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