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第6話「拳聖、勇躍す」









 いつもいつも唐突で、読者諸氏には申し訳ないとは思うのであるが、
 白虎側の、再侵攻プランは以下の通りである。




 1、敵特殊兵器の影響を受けない、ガイロニア軍の兵器(戦闘機、戦車等)にて陽動。
 2、巡察官庁長官レベルのものにより、前線を突破、敵特殊兵器を破壊。
 3、然る後に、飛虎衆の機兵によって電撃戦を展開する。




 賢明な読者においてはご察しであろうが、作戦立案者はミトラ=ロスであり、長官レベルの突撃部隊を率いるのはマグナ=ルートヴィアである。
 多大な被害が予想されるポイントに、ガイロニアの兵と政敵を配置し、決定打は手勢で打つ。政治的な損得勘定が見え隠れしている。そう言う意味では、実に効果的な策であろう。ガイロニアは己の無力を思い知らされ、政敵はあわよくば死に、勝利はあくまで自分が取る。
 実に嫌である。
 作者と言う立場ながら、代案を示すことで批判に代えたい。
 陽動はガイロニア軍と長官レベルのものが行い、ガイロニア軍には主に遠距離支援攻撃を任せる。突入にはミトラを含む少数精鋭で臨む。敵側には新谷清明という四神公クラスの猛者がいるのである。ミトラが動くのが、もっとも被害が少なくて済む。
 逆に言うならば、マグナが新谷に敗北するのが、ミトラのシナリオであろう。責任感の強いマグナの性格ならば、逃げずに立ち向かい被害を最小限に、せめて自分だけにとどめようとする。マグナとはそう言う漢なのである。
 朱雀との同盟が成り、玄武は動いたとしても間に合わず、ガイロニアの本隊は遥か砂漠の向こう。今、ミトラは動けるのである。
 問「なぜ、動かないのか?」
 答「被害が『少なくて済んでしまう』から」
 ガイロニアには、己の無力を噛み締めてもらわねばならないのである。マグナには危ない橋を渡ってもらう方が良いのである。




 だから、私は嫌なのである。
















 天龍殿の周囲に広がる黄土の荒野である。
 せわしない風が、常に砂塵を吹き上げる。遮るもののない荒野の昼と夜は、灼熱地獄と極寒地獄の違いである。
 人が住めるような場所ではない。
 いつからこうなってしまったのか、定かではない。天地開闢の伝説では、神なる竜に守られた、春夏秋冬に様々な彩りを見せる、生命豊かな緑の大地と謳われている。が、天龍殿の壁面に刻まれた祝詞では、既に荒野と呼ばれている。古代の司祭が残したその祝詞を信じるなら、およそ、二百華巡(一万二千年)前には、現在と同じ状況だったことになる。
 何故、こうなってしまったのか、定かではない。伝説では、光と闇の竜の力の衝突によって生命が死に絶えたともいわれている。天龍殿の建設による、呪的属性の変化であるという説も有る。過激な説になると、原初から荒野であったのだと断定する。が、論理的根拠は薄い。
 天龍殿は、遥か天空を突き刺す巨大な円柱である。その非常識な高さの塔を、高さ百メートル程の岩の石列が同心円状に囲んでいる。天龍殿に注いでいる力の流れを、せき止めている象(かたち)だ。まるで、何かから天龍殿を隔離しているように見える。そのせいかどうか、久遠の民にとって、天竜殿は忘れられた遺跡でしかなかった。いくら非常識に高くとも、人が住んでいる場所からは、山々と雲に遮られて見えない。光建からは見えるのだが、それは風景の一部であり、なんら存在感のないものであった。




 天龍殿を囲む石列の影に、蒼竜公の機兵部隊、蒼月衆が展開していた。政治的な理由から、巡察官庁長官は、導真を動くことができず、生身の戦士の姿は少ない。
 蒼月衆の機体『摩劫羅(まごら)』は、海運の盛んな土地であることもあり、海に発生する影との戦闘を想定し、水中・水上・陸上と、全天候型として設計されている。スピード重視のため、流線型の人頭蛇身の姿をし、バランサーとして長い尻尾を持つ。とある科学者のせいで、限界ギリギリの速度設定がなされており、運用できる能力を持つ人員が限られるのが難点である。
 摩劫羅の中の兵たちは今、不快な『なにか』を感じていた。
 それは、人間のものとも、影のものとも違った意識の波動であった。
 土煙とともに、その正体を知ったとき、不快な何かは、はっきりとした悪寒となった。
 波動を発していたのは、ガイロニアの兵たちであったのだ。
 精神の力を直に感じられる久遠の兵にとって、ガイロニア兵たちの放つ波動は、異様であった。影との戦いで、異形の波動に慣れたはずの蒼月衆の兵たちが、同じ人間に恐怖を感じていた。
 それは、とても正常な人間の波動ではなかったのだ。








 岩陰にて、突入の頃合を見計らう壮年の戦士。白虎の神官の証である額の銀飾り、灰色の軍服のマグナ=ルートヴィアである。彼もまた、ガイロニア兵の異様な気配を感じていた。
「ガイロニアの兵には、死に対する恐怖が無い?」
 死への恐怖は、度が過ぎれば戦士として致命的である。しかし、死の恐怖があればこそ、ピンと張り詰めた緊張感が生まれ、戦場での敏感な神経、鋭敏な動作、的確な判断が生まれる。
 それが、感じられない。
 動作は、どこか大げさで、鋭さのカケラもない。ただ、べらぼうに威勢だけが良い。
「今こそ、約束の地へ!」
「我らの神の地へ!」
 ガイロニア兵が口々に叫ぶ、声である。
 なんども何度も、バカの一つ覚えのように、繰り返す。
 恍惚とした表情をしている者もいる。今から命のやりとりの場に赴くのに、トランス状態に入っているということだ。
 『影』と闘ってきた人間には、それはタブーである。トランス状態の人間は、人の精神を食む『影』に対して武装解除することに他ならないからである。
「約束の地への帰還だと? ミトラ閣下はこのことをご存知なのか?」








 戦闘は、当然のように蒼月衆に有利に運んだ。
 演習用の動く鉄板の方が、よほど手応えがあっただろう。
 だが、蒼月衆の兵たちは、何かに取り憑かれたかの如くガイロニアの戦車、戦闘機を破壊していった。ただただ、悪寒を振り払うためである。だが、いくら戦おうとも悪寒が、消えないのである。いくら振り払っても、いくら打ちのめしても、ガイロニアの兵は、決して後退することなく、ひたすらに向かってきた。
 有利であるはずの蒼月衆の兵たちが、恐怖を感じていた。
 さながら、不死者と戦っているかの錯覚が、兵たちを襲っていた。








 そして、蒼月衆の精神的混乱が頂点に達したときである。
 遥か上空より、戦場に突き刺さる一筋の光条。
 閃光の中から現れたのは、摩劫羅や阿斗羅の二倍はあろうかという巨体。黄金に輝く装甲を纏った、筋骨隆々たる武人を思わせる巨人であった。
 額に生えた二本の龍角が、天空を指してきらめく。




「アラエク=エミサル、推して参る」




 堂々たる名乗りは、怒号と化し、兵士たちの鼓膜を轟かす。
 時を置かずして、ガイロニアの兵から歓声が上がった。
「拳聖様だ!」
「拳聖様がおこしになったのだ!」
「我らの勝利は、決まったも同じだ!」
 拳聖アラエク。ガイロニアにおける、王位『ガイルート』に次ぐ最高位『エミサル』を授かった漢。想像を絶する修行苦行で己の身体と精神を極限まで鍛え上げ、己が拳一つで、海を裂き、大地を割り、空を轟かせる。一人で、ガイロニア全軍に匹敵するとさえ言われている。
 生きた伝説なのである。
 無論、蒼月衆の兵がそれを知るはずも無い。だが、ガイロニア兵の歓喜の声に呼応して更に増大した悪寒に、大半の兵が猛烈な目眩と吐き気とを催していた。








「ガイロニア兵の士気が一気に上がった。それ程だと言うんか、あの漢」
 忌々しそうに呟く男が一人。
 事の成行きを水晶に映じて見ていた、白虎公ミトラ=ロスである。
「まあ、ええわ。所詮、『力』無き民のやること。わいのシナリオに影響はない」
 本能的な欲求に従い、自分を苦しめる波動を止めるべく、蒼月衆の摩劫羅は、猛然と、半ば狂ったように、黄金の巨人に襲いかかる様子をみて、ミトラはほくそ笑んだ。
 今までに彼が書いたシナリオは、ことごとく成功してきた。




 但し、それは『マグナが関わらない場合』である。




 そのミトラにとって忌まわしいジンクスは、今回も当てはまった。
 続く光景に、ミトラは目を疑うことになる。




 一瞬で、摩劫羅十数体が吹き飛んだのである。
 アラエク=エミサルの腕を振り下ろす一撃だけでである。
 黄金の巨人を中心に、放射状に大地が裂けていた。

「邪教に魅入られし哀れな兵よ!」

 アラエクの声が、轟く。
 目を見開き、歓喜の声をあげつづけるガイロニア兵を除いて、全ての人間が金縛りにあった。恐怖ではなく、畏怖であった。黄金の巨人が放つ光と、腹の底に響くようなアラエクの声に、崇高なる存在を感じずにはいられなかった。

「死をもって、邪竜の戒めから解き放ってやろうぞ!」

 今度は、真正面に巨人の正拳が突き出された。
 直線上の摩劫羅が、次々と吹き飛ばされた。久遠最軽量の機兵だといっても、鉄の塊である摩劫羅が、突風に舞う木の葉の如くに吹き飛ばされたのである。




「聖なる竜は、我らと共にあり」




「いざ行かん、約束の地へ!」




















 薄暗く、そして広い空間である。
 鉄と油の臭いのする、それは飛行機の格納庫であった。
 タバコの煙が、エクトプラズムのように漂っている。
 煙の元は、一人の男であった。
 男の周りだけが、暗くぼやけて良く見えない。
 男の前には、朱と金に彩られた大きな鳥が横たわっていた。
 『迦楼羅』
 男は、疲れたような視線を、目の前の鳥に注いでいるのだった。
 短くなったタバコを床に投げ捨てると、男は右足のつま先で丁寧にもみ消した。
 そして、ため息をついた。




「お主、今一度だけ久遠のため、空を飛んでくれぬか?」




 老人が、男に歩み寄ってきた。老人は確かに、今までどこにもいなかったが、当然のように、そこにいた。妙に姿勢の良い、痩せこけた老人である。肺を病んでいるのか、呼吸の度にヒューヒューと音がする。
 男は、目の前の鳥から目を離さずに、答えた。




「もう一度、こいつに乗れるか?」




 男の周りが、更に暗くなった。男の輪郭が闇に融けかかっていた。




「それは、その猛き鳥に、直に聞くが良い」




 鳥は、身震いとともに、その色を変えていった。
 朱と金で彩られた鳥の、朱の部分が、漆黒に変わっていった。
 そして、「応」と鳴いた。




「もう一度、空へ行けるのか」




 男の瞳に、漆黒の輝きがともった。








「もう一度、空へ」








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