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第7話「不死鳥、飛ぶ」





大した家柄じゃねぇ。
それどころか、えらく貧乏だった。
親父は、腕の良い機械工だったんだが。
今でこそ、機械は大層活躍してるが、そのころは天下泰平で、戦闘機械の必要は少なかったからな。
仕事は少なかった。
絵に描いたような頑固親父で、機械工を止めようとしなかった。
おふくろは、親父の言いなりでよ。
まあ、夫婦喧嘩なんて見たこと無い、おしどり夫婦だったんだがな。
家柄がねぇから、「力」もねえ。
金もねぇし、頭も足りねぇ。
そんなわけで、俺は、まあ、グレたな。
「力」よりも腕っぷしに頼って生きてきた。
俺の周りにゃあ、「力」を持つようなご大層な身分の人間はいなかったからな。
それで、お山の大将やって、いい気になってた。




家に帰れば、親父にハンマー持って追いかけられてた。
誇りを持って生きろとか、偉そうに言ってさ。
俺の自慢の腕っぷしも、親父にはかなわなかった。
鉄を相手の仕事だから、鍛え方が違うんだな。




親父をギャフンと言わせてやりたい。
ただ、それだけだった。
今思えば、なんて大それた事をしたんだろうか。




そのころ親父は、珍しく忙しかった。
家に帰らないことも多かった。
いつも、胸を張って堂々と出かけていく親父の、活き活きした様子が、癪に障った。
それで思い立った俺は、親父の後をつけた。




親父は、とんでもない場所に入っていった。
そこは、朱雀公の私有地にある工場だった。
凰斉様が、機械好きだってのは周知のことだし、親父の機械工として腕が一流なのも悔しいが事実。
考えて見れば、これほど当然の組み合わせはない。




だが、俺の頭の中で、親父と凰斉様がどうしても結びつかなかった。
下町の機械工が、四神公の下で働くなんぞなぁ。
俺の貧困な脳味噌では、想像することすらできなかった。




呆然としていた俺は、工場に入って行った親父を見失った。
慌てて駆けたが、十数ある建物のどれに入ったかわからねぇ。
でも、俺はバカだから、そこで引き返さずに、手近な四角いドーム状の建物に侵入した。
見つかったら、ただじゃすまなかったろうな。
運良くというか、相手にとっちゃ、運悪くなんだが、俺は見つからなかった。
野球でも出来そうな大きさのドームは、まったくの無人だった。




そこに、いたんだ。




朱い巨大な鳥が。




案外低い天井からの照明で、ドームの中央が照らされていた。
鳥は、俺の方を睨んだ。
全身に電撃が走った。
目の前が真白だか、真っ黒だかになった。
手足の先がびりびりしていた。
俺は、吸い寄せられるように近づいた。
鳥は、背中に椅子を背負っていた。
鳥の目が乗れと言っている様に感じた。
触れると、鳥は冷たかった。
俺は、人一人がやっと座れるような狭い空間に座った。
親父の匂いがした。鉄と油の匂い。




やっと気がついた。
機械なんだ。
だけど、俺の頭じゃ、鳥と機械は繋がらねぇ。
俺がまた自失していると、
鳥は、









と鳴いた。

腰が抜けた。




ドームの壁が、後方に流れていた。
翼が、動いていた。
鳥の脈動は、更に激しくなって、俺は慌てて近くにあった取っ手を掴んだ。
そして、二度目の電撃が走った。
今度は、全身が燃えるように熱くなった。血が身体のあちこちで逆流しているようにも感じた。
取っ手は、前後左右にぐらぐら動く頼りないものだったが、それでも振り落とされないように、俺は強く掴み続けた。




ついには、頭痛がしだした。
どこか遠くで、爆発音が聞こえた。
突風が、俺の身体をかっさらおうとしていた。
目に舞い上がった埃が入り、何も見えない。

俺は、鉄の鳥が爆発したんだと思った。
多分、親父が作った機械である朱い鳥が。
ざまーみろ。
俺が壊してやった。

死にそうなくらい、熱い。
身体が動かない。
そんな中で、俺はそんなバカなことを考えていた。




そして、




そして、俺は、




そして、俺は、空を飛んでいた。




俺は、鳥になっていた。




機械と同調する「力」に、俺が目覚めた瞬間だった。








今また、俺は空を飛んでいる。
漆黒に染まった迦楼羅が、俺の身体だ。
真白な雲を突き抜ける、冷たい感覚が心地いい。
俺は、太陽を背にして、遠くに見える巨大な柱の影を目指した。
飛行機乗りにとって、太陽と天竜殿は方角の目印だ。
















私は、もう、誰にも振りまわされない。
全ては、私が決める。
全ては、私が動かす。
全ては、私が裁く。
この好機を逃すわけにはいかない。
神なる竜は、私のもとに御使いを遣わされた。
運命の流れが、私に味方している。

今こそ、この歪んだ世界を正すのだ。

私が。




お爺様を殺したのが、白虎であろうと、蒼竜であろうと、もはや関係が無い。
彼らの愚かな権力争いが、お爺様を殺したのだ。

裁かねばならない。

私が。




御使いは、今私の目の前で、私に微笑みかけている。
私は、選ばれた人間なのだ。




「麗子様!」

愚鈍な臣下の一人が、駆け込んでくる。
確かこの男には、「研究所」とお爺様が呼んでいた組織の実態調査を任せていたはずだ。
「ジョージ=ハーバー、『主任』と呼ばれていた男を初めとした、『研究所』に在籍していたと思われるスタッフの消息についてですが」
「手短に、要点だけを言いなさい」
明かに狼狽しているその男の様子から、喜ばしくない知らせだと分かる。長々とした言い訳は聞きたくない。
男は、一呼吸おいてから、不可解なことを口にした。
「全員が、初めから存在していません」
「今、なんと言いましたか?」
「『全員が、初めから存在していない。』と、おっしゃったのですよ、麗子様」
御使いたるエリナ=イスラークは、やわらかな表情のままで言った。
「全員が、存在していないとは、どう言う意味です?」
エリナは、同じ口調で男に問うた。
「先日も報告した通り、『研究所』の場所は特定できました。ですが、既にもぬけの殻で、システムも完全に抹消されていました。それで今回、『研究所』スタッフの行方を探していたのですが、スタッフ全員、名前と容姿に以外に、情報が残っていないのです。所属、能力、学歴、出生記録さえも残っていません」
「それは、不思議ですね。朱雀の民は、その貴賎を問わず全ての情報が把握されているはずでは?」
エリナは、私に向かい穏やかに問うた。
「そうです。朱雀の民は朱雀公直属の情報系能力者によって、全て把握されています。あなたも索敵系能力者でしたね」
男は、確かその任務にあったはずだ。平和な世界では、情報系の能力者が出世をするということだ。いざ戦いになれば、後の方でこそこそしているだけの輩なのに。
「はっ、私の『力』で、戸籍等を記憶していた者たちの記憶を、片っ端から検索しましたが、彼らの情報は、どこにも残っていません」
「麗子様、どういうことでしょうか?」
「記憶を消されたと考えるのが、一番理に適っています」
「そ、そのような『力』が存在するのでしょうか?」
最初からびくびくしていた男は、輪をかけてうろたえている。
気に障る。
「私が記憶する限り、そのような力は確認されていないはずですが、そう考えるしか説明がつかないでしょう」
記憶の操作。それしか考えられない。そうでないとすれば、彼らは生まれた時から、否、生まれる前から情報を隠蔽されていたことになる。いくら無能な官僚ども相手であっても、まさか、そこまでのことができるはずもない。たとえ、お爺様が関わっていようとも。
「何をしているのですか? すぐに調べ直しなさい」
男は、弾かれたように出ていった。

気に障る。
















竜角の巨人は、黄金の装甲を神々しく輝かせ、大地を踏みしめて舞った。
その手が、振り降ろされる度、
その足が、振り上げられる度、
命が、散っていった。

「我は、正義也!」

蒼月衆は、それでも善戦しているのだ。
蒼月衆の隊員は、志願兵である。
多くは、星雨真羅の思想に共鳴した貴族出身者である。
『力』の有無による差別を無くすという大義に、命をかける決意をした人々である。
各々が、己の信念として戦っている。
覚悟が違うのだ。
それに、久遠最速は、伊達ではない。
速度だけを取れば、巨人を圧倒している。
複雑なフォーメーション攻撃は、確実に黄金の巨人にヒットしている。

「我は、光也!」

だが、ダメージに結びつかない。
巨人の装甲が堅すぎるのだ。

ゆるゆると舞う巨人の動きが、吸い寄せられるように、蒼月衆の機兵、摩劫羅をとらえる。
高速で動いていた物体である。摩劫羅は虚空に鉄と火焔の花を咲かせて、爆散する。




「我は、最強也!」




正義を語るものが、悪と見定めたものに、容赦をするはずもない。
パイロットは、皆死んでいる。
全滅である。









唯一残った部隊があった。
蒼月衆第十五部隊。
数名のバカのために、謹慎処分となって、戦闘配置についていなかったのである。
で、そのバカたちは今、再び機兵摩劫羅に乗り込み、勇敢に戦おうと、

していなかったのである。

無理もない。がむしゃらに突っ込む彼らが、万が一にも適う相手ではない。竜帝の特命という形で、彼らは良く分からない任務についていた。
十数体からなる彼らの部隊は、二列平行に並び、なにか長大なものを抱えて、空を見ていた。
長大なものは、二階建て位の大きさである機兵が十数体がかりでも手に余るほどに大きな、砲台であった。
急ごしらえの引き金が、申し訳程度についていたが、それは大型の戦艦に搭載されていた、対戦艦砲に違いなかった。
彼らの任務は、このバカデカイ銃を、コンマゼロ秒単位で指定された時刻に、コンマゼロミリ単位で正確に、真っ直ぐ上空に投げ上げること。

何者かが、受け取ると言うのだろうか?

当然のように、彼らは不満たらたらである。
友軍が全滅の憂き目にあっているのに、自分たちは戦うことを禁じられ、非常識な巨大銃の胴上げをせねばならない。巨大銃の重量は、摩劫羅の最大出力でも、一度投げ上げるだけで、オーバーヒートしてしまうほどに、重い。

時間が来た。
そして、半ば投げやりな大声が、木霊した。




「いっせーの、せっ!」




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